卒業生インタビュー 高松樹 (建築学科卒) 「大阪芸大出身の建築家って、発想が柔らかいかもしれません。」

自由な発想が生み出す「個の力」、それを伝えるコミュニケーション力を育む。

プロフィール 高松樹(たかまつ・いつき)
建築家/古関建築設計事務所。
1970年京都府生まれ。Bell Language School (Cambridge,U.K.)に留学後、1991年建築学科入学。高松伸建築設計事務所をへて、2000年A.L.X.(Architect Label Xain)共同主宰。2001年古関俊輔氏とともにKoseki Architects Office(古関建築設計事務所)設立。グッドデザイン賞、京都デザイン賞2009 京都市長賞、住まいの環境デザインアワード2012 LiVES賞など受賞多数。

キャンパスの建築物を見たのが大学志望のきっかけに

私は最初から建築家を志望していたわけではありません。高校卒業後は一年間イギリスに語学留学していたのですが、帰国後に父親の設計事務所に入れられてしまったというのが、大阪芸大進学のきっかけになりました。図面の見方ひとつわからず悩んでいたところ、アルバイトで事務所に来ていた大阪芸大の方が、「一度、授業を見学においで」と誘ってくださったのです。

大阪芸大のキャンパスを初めて歩いたとき、当時、大学で教えられていた高橋靗一先生が設計された芸術情報センター(塚本英世記念館)を目にして、「カッコいい!」と素直に感動しました。高橋先生はこの建物だけでなく、キャンパスの建築計画全体に携わっておられます。その日、先生の講義も聴講することができたのですが、デザインや表現分野全般をカバーする内容や親しみの持てるお話ぶりが面白くて、「ここに通いたい」と思ったんです。実は親には内緒で願書を出し、受験したのですが、合格通知を見せにいったところ入学を認めてくれました。

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学びと遊びを通して培ったコミュニケーション力

在学期間を振り返ると、本当に楽しかったという印象があります。同期生には下宿通学をしている人が多かったのですが、“生活を共にした”というのでしょうか。設計の課題は厳しかったので、提出期限が近づくと徹夜になることがあるなど大変でしたが、友人たちと食事を囲んだり、遠出をするなど遊びの記憶のほうが鮮明ですね(笑)。当時は現在のように「建築分野」「環境デザイン分野」といったコースはなかったのですが、学年が上がると先生が本を薦めてくださったりして、自分にとって関心のある領域がおのずと見つかっていく環境でした。

言葉で具体的に説明しにくいのですが、学科で学んだことはもちろん、友人たちと生活を共にしたことも、いま役立っているという確信があります。建築はファインアートと異なり、クライアントの発注から仕事が始まります。工務店や業者さん、職人さんなどたくさんの人たちとの交渉や共同作業をへてゴールに行き着くわけですから、コミュニケーション能力は必須です。忍耐力が求められる仕事でもありますから、つらいときにも楽しみを見いだし、モチベーションをキープできないと続けることが難しいとも思います。その意味では、学生時代にいろいろな人たちとワイワイやってきたことで鍛えられた部分は大きいですね。

大阪芸大の建築科で学ぶことで得られるもの

建築学科というと「理工系」というイメージをお持ちの方も多いかもしれませんが、芸術系大学の建築科出身者は頭が柔らかいと感じることが多いです。たとえば、建築物のアイデアを出すには建築の知識以外のことも大切です。さまざまな国を旅し、いろいろな土地の風景を見るなど、多様な体験することで発想力が培われる。「個の力」がつくというのでしょうか? 大阪芸大には、建築的には成立しにくい設計でも、アイデアが素晴らしければ評価してくださる先生がいらっしゃいました。そこが大阪芸大のよさだと思います。発想の大きさでは、他大卒の方々にひけをとらないですよ。最近、日本の伝統建築の分野で活躍している同期の友人と一緒に仕事をする機会があったのですが、その柔軟で刺激的な仕事ぶりに尊敬の念さえ抱きました。

これから入学される方は、貴重な4年間をめいっぱい楽しんでください。自由でありつつ、どこにも属さない不安も抱えているのが学生時代ですが、だからこそ個の力を育むことができると思います。最近では建築を学ぶ女性が増えていると聞きますが頑張ってほしいです。作業面ではハードなところがありますから、体力的に男性と張り合うのは難しいのですが、現場やチームの空気を和らげるといった部分は女性のほうが得意な気がします。その意味では、建築は、もっと女性が進出したほうがいい分野だと思いますから。

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