卒業生インタビュー 藤崎健一郎 (放送学科卒) 「同じ夢を目指す仲間たちと、互いを磨き合う関係を築けた。」

大学は、将来の夢に向けて“自分磨き”ができる場所。恵まれた環境をフル活用することで道は拓ける。

プロフィール 藤崎健一郎(ふじさき けんいちろう)
神奈川県出身。1996年大阪芸術大学芸術学部放送学科卒業後、朝日放送(株)にアナウンサーとして入社。現在までに、スポーツ中継、スポーツ番組のナレーション、ニュースなどを担当している。主な担当番組に、野球関連のドキュメント・情報番組『熱闘甲子園』『虎バン』のナレーター。2010年4月から2011年9月までは、上記のナレーターを務めるかたわら、『NEWSゆう+』(ABCテレビ平日夕方のローカルニュース番組)のサブキャスターも担当した。現在、朝日放送(株)編成局アナウンス部アナウンス係主任

教わったのはアクセントやニュースの読み方だけではなかった

最初からアナウンサー志望というわけではなかったのですが、マスコミ関連の企業に就職したいと考えており、放送学科を選択しました。私は神奈川県に生まれ、中学・高校時代は福島で過ごしましたので、大阪芸大入学まで大阪には縁がなく、ドキドキしていたことを覚えています。キャンパスの第一印象は「意外にのどかなところにあるなあ」というものでした(笑)。のびのびできるというか、じっくり時間を過ごせる環境でした。

入学した1991年当時、指導を受けたのは、毎日放送の創成期にアナウンサーとしてご活躍された小林正史先生と坂本登志子先生。お二人には、アナウンスコースに進んでからは大変お世話になりました。アクセントや滑舌、ニュースの読み方といった実技面はもちろん、アナウンサーという職業に必要とされる心がけを教えていただいたし、就職活動時には様々な相談にも乗っていただきました。アナウンスコースは、同じ夢を目指す同期生との仲間意識も強く、アナウンス合宿をおこなうなど、短い時間の中で互いに磨き合う関係を築けたのがよかったと思います。

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アメリカンフットボール部で培った「チームワーク」

社会人として日々過ごしているいま、学生時代はコースのカリキュラムを学ぶだけではなく、より広い視野で物事を見ることも必要だと改めて感じています。アナウンサーを目指そうという人は、授業だけで満足せずいろんな人に会い、いろいろな体験を重ねてほしい。アナウンサー職は採用人数も決して多くはありませんし、大学で専門技術を学んだからといってエスカレーター式に就職できるわけでもありません。学校で学んだことにプラスアルファが必要で、「自分を磨く」意識を常に持ち続けることが大切だと思っています。

大学生活のどんなシーンにおいても「自分を磨く」ことはできる。たとえば私はアメリカンフットボール部に所属していたのですが、そこでチームワークの大切さを知ったのがいまの仕事に役立っていると痛感しています。たとえば、ひとつのTV番組にはディレクターやエディター、カメラマンを始め多くのスタッフが関わっており、アナウンサーひとりで仕事を進めるわけではありません。つまり、放送は総合力で勝負なんです。これはアナウンサーだけではなく、すべての社会人の働き方にもいえることかもしれませんね。

映画を見ることも、目標があればナレーションの勉強になる

私は、学生時代には「年に100本の映画を見る」という目標を立て、アメフトの練習が休みのときに、一日4軒の映画館をはしごしたりもしていました。朗読の授業の際に先生に、「文字が起き上がってくるようなイメージで読みなさい」というアドバイスを受け、言葉から映像をも喚起させるような表現力を身につけたいと思ったからです。難しいことではありますが、それはいまも私の目標です。2006年からナレーションを担当している『熱闘甲子園』という番組があるのですが、自分のイメージしている表現が、昨年くらいからやっと少しできるようになってきました。これからもいろいろな方のナレーションを聞き、感じ、試行錯誤をへて、ひとつひとつスキルを積み重ねていきたいと考えています。

大阪芸術大学は学科やコースが細かく分かれ、それぞれのエキスパートの方が教えてくださるわけですから、将来の夢を具体的に描きやすい場所です。入学当時は、設備が整っていて、大学にスタジオやカメラ、調整室まであるのを見て驚きました。いまはハイビジョン対応の施設や中継車まであるそうですね。でも、この恵まれた環境に囲まれることだけで満足するのではなく、それらをとことん活用して、夢の実現に向けた「自分磨き」に取り組んでほしいと思います。

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