卒業生インタビュー デハラユキノリ (デザイン学科卒) 「自分の作品をどこに持っていけば勝てるか、を学生時代から意識する。」

周囲と違うベクトルで考える部分を持つ。学生時代に将来に結びつくプロ意識を育もう。

プロフィール デハラユキノリ
フィギュアイラストレーター。1974年、高知出身。デザイン学科卒。ナイキ、NEC、タワーレコード、アシックスヨーロッパなどの広告を手がける一方、作家として年間4~6回のペースで東京をはじめ台湾・香港・NY・LA・パリなどで個展を開く。著書にフィギュア写真集『サトシ君のリストライフ』『ジバコレ』、絵本に『お野菜戦争』『サトシくんとめんたくん』がある。テレビ東京にて『ケーキーズ』が放送され、DVD化(アスミック・エース)も。『きのこの山』キャラクター「きの山さん」「たけ里ブラザーズ」もデザインする(2008年・2009年)。いきものがかりベストアルバム『いきものばかり』ジャケット担当(2010年)。イラストレーター・金子ナンペイ氏とのユニット、メンペ(東京メンズペインター協会)としても活動中。

周囲のモヤモヤやあせりに馴染めずひたすら絵を描き続けた

僕の頃はキャラクター造形学科はなく、デザイン学科卒(グラフィックデザインコース)なんですが、いま振り返ると勝手に画ばかり描いていました。基本は画を描く学科だと思っており、映画のポスターなどの印刷物も好きでしたから。その中間地点のカリキュラムだと勘違いしていたのですが、入学後にどうやら違ったなと。周囲ともなかなか打ち解けることができませんでした。  大阪芸大と言えば愉快な若者たちが集まり、面白そうな活動をやっているイメージがありますが、そうは言ってもみんな学生ですから、まだ何者でもないモヤモヤ感やあせる気持ちを発散しています。大学に入ると自分より画がうまい人がいたため自信を喪失し、手より口のほうが動くようになってしまう人も見受けられます。そういったもろもろがストレスとなり、正直「あまり仲良くしたくないなあ」と思っていましたが、こちらも意識しすぎた面があったのかもしれません。当時の写真を見ると、僕も楽しそうにしていますから(笑)。

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ひとつの手応えが次へのステップにつながっていく

僕は高知の出身なのですが、遠くの大学まで来たからには、将来にリアルに結びつくことを学びたいという気持ちが強かった。早く何かになりたくて、画を描いては展覧会を開くなど、学校の課題は課題としてこなしつつ、どちらかと言うと自主的な活動に時間を割いていました。あるグループ展をやったとき、友だちのお父さんが全員の作品を一点ずつ買ってくれたのですが、そのとき「これはバイトでもらうお金と違う!」という手応えを感じ、将来プロとしてやっていけたらいいなと思いました。イラストレーター専門誌主催の新人コンペに応募したり、大阪の飲食店の壁画を描くなど、仕事につながりそうなことに力を入れていましたね。キャラクター造形学科には企業との関わり方やビジネス面でのノウハウを実践的に学ぶ講義もあるそうですが、どういうことが習えるのか興味があります。

卒業後は京都の広告会社に就職しました。デザイナーの部署もあり、自分の画が活かせそうだと思って志望したのです。しかし、どちらかと言うと営業力が勝負の会社で、朝礼で上司がタイガー・ウッズの根性エピソードを紹介するような社風に馴染めず1年3ヶ月で退社しました。でもいま考えると、印刷のやり方やデザインのワークフローなどを教えてもらいすごく勉強になったと感謝しています。その頃も休日には画を描いていたのですが、画が煮詰まったときに、子供の頃、粘土で何かを作ることが好きだったのをふと思い出し、やってみるとすごく楽しかったのがフィギュア制作のきっかけになりました。会社の仕事でも自作の立体を使ってみたところ、デザイナー視点で考えてもインパクトがあるし、使い勝手もよいことがわかり、これは行けそうだと思ったんです。

人と違う部分を大事にする自分の武器を意識する

キャラクター造形学科以外の人たちにも言えることかもしれませんが、「自分の作品をどこに持って行けば勝てるか?」を学生時代から意識したほうがいいと思います。授業は大切ですが、教室で評価されたからと言って、誰かが仕事を発注してくれるわけではないですから、別のベクトルで考える部分も必要なのではないでしょうか。「人と違うことをしたい」と思うことも大事だと思います。本人にしか出せないものがその人の武器になるからです。先生の講評や周りの人たちの感想は参考にしながらも、自分が気に入っている部分まで無理に直す必要はないと思うんです。むしろ他人と違うものが作れる可能性を伸ばすほうががよいと思います。

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