卒業生インタビュー 池田清明 (美術学科卒)「自分にできることをしっかりと見定め、楽しみながらスタイルを築く」

 絵は人なり。自分の歩んできた道が作品に表れる。

プロフィール 池田清明(いけだ・せいめい)
1974年 美術学科絵画専攻卒業。
大学卒業後は高校の教員として美術を教える。
1976年、25歳のときに一水会へ出品し初入選。以降、一水会をはじめ日展でも作品を出品し様々な賞を受賞する。
49歳で高校の教員を辞職し、絵画に専念。
最近は拠点としていた大阪を離れ、鎌倉へ移住。

二足のわらじを履いて創作活動を続けた教員時代。

現在、一水会や日展などで毎年作品を出品しておりますが、今のように絵だけで生活をしていけるとは、学生当時は考えてもいませんでした。高校時代、そして大学時代は“絵に携わる仕事がしたい”という目標だけ。ですから、大学で教員免許を取得し、卒業後は高校の美術教師として生活をしていたのです。教師時代は生徒や同僚などの身近な人物をモデルに作品を制作。一水会や日展への出品も開始しました。“いい絵を描いて、多くの方に見ていただきたい”。ただその想いだけで描き続けていたのですが、その結果、少しずつ評価を得るようになり、また画商が訪ねてくるようにもなった。“これは絵で生活していけるかもしれない”と考え、高校の教師を辞めたのが49歳のとき。それからはずっと絵だけで生活をしています。

遊びの延長線上に芸術がある。まずは楽しむことが大切。

モデルを忠実に、そして自然のまま写し取る。これが私の流儀です。このスタイルに辿り着いたのは大学時代。当時は抽象絵画が隆盛を誇っていた時代です。もちろんそうした絵にも挑戦したのですが、どうしても楽しさが見いだせなかった。どうしたら自分自身が楽しんで絵を描けるのか、それを自問自答し続けた結果、現在の描き方へ辿り着いたのです。
絵も音楽もそうですが、もともとは遊びの延長線上に芸術が成り立っています。ですから、まずは楽しむことが重要。もちろん絵に関しては造形的な美しさを追求しなくてはなりませんから、技術的な努力は惜しみなくやる必要があります。しかしその努力も、絵を描くことに楽しさを見いだしていれば、乗り越えていけますよね。大学時代は、まずはその楽しさを見いだすこと、そして自分のスタイルを確立していくことが大切です。私自身も自分のスタイルを実践し始めたのは大学を卒業してからです。大学4年間のなかで、ゆっくりと時間を掛けながら、自分のスタイルを探してみてください。

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ピカソにならなくてもいい。自分にできる表現を追求する。

「絵は人なり」という言葉があります。絵にはその人の生き様が写し出されるという意味ですが、たとえばピカソでも、彼の生きてきた過程があってこそあのすばらしい絵が生まれた。誰もが真似をできるわけではないのです。さらにゴッホなんて、その絵からは尋常ではない人となりを垣間みることができますよね。ああいう絵に憧れても、そこに自分自身の人生がともなっていないと、同じような絵は絶対に描けないのです。
そういった意味で、私はどんな絵を描けるのか……。そう考えつつ、これまでの歩みを振り返ると、私の人生の傍らにはいつも家族がいた。家族の支えがあってこそ、こうして絵を描く生活が続けられているのです。家族をモデルに、この幸せな日々をありのままに写し出すことこそが、私らしい絵だと信じています。
大学は、自分の表現方法を模索し追求する場所です。創作活動の楽しさを見いだしながら、自分らしいスタイルを確立してください。

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