おもちゃ映画 チャンネル
玩具映画および映画復元・調査・研究プロジェクト
TOY FILM PROJECT
玩具映画とは、大正期から昭和の初頭(1920年代から30年代)を中心に、一般家庭に普及したブリキ製の玩具映写機で鑑賞した映画のことです。それらの映像は、劇場で公開された映画の一部が市販され、またそれ専用に製作されたものです。玩具映画が今の映画と同じ規格の35mmフィルムであったことで、 現在でもそれらの映像を鑑賞する事が出来ます。すでに、オリジナルである映画は消滅し、孤児映画として残存しています。ただ、これらのフィルムは、70年から80年前のもので、今では消滅の危機にあります。 そこで、2003年より本学藝術研究所の共同研究として「玩具映画および映画復元・調査・研究プロジェクト」を立ち上げ、2011年に終了いたしましたが、この間、玩具映画フィルムを収集、復元、保存に努めてまいりました。その成果として、約800本の玩具フィルムを復元し、救出することが出来ました。
これらのフィルムは、20秒から3分程度の短い映像ですが、当時全盛期にあったチャンバラ時代劇やアニメーション、ニュース映像、また海外の映画なども含まれ、大正・昭和の歴史的な証言者となっています。
復元した玩具映画コレクションは藝術研究所で鑑賞して戴けますが、この大阪芸術大学テレビでも公開してまいります。これらの映像は、消滅を逃れた貴重なものです。傷 やカビ、縮み、歪み、亀裂、乳剤剥離、そして加水分解という経年劣化を起しています。見苦しい映像ですが、そこに写された映像は、貴重な歴史の証言者というだけでなく、大正・昭和のモダニズムの時代らしく斬新で瑞々しく、また勢いに満ちています。また、新しい創作にも、様々なアイディアや着想を促すものと 確信しています。是非、玩具映画(TOY FILM)をお楽しみ下さい。
本プロジェクトでは、今後も学内外で活動してまります。活動内容は、以下のページをご参照ください。
TOY FILM PROJECT(玩具映画プロジェクト)学外公式ページへはこちら
TOY FILM PROJECT
玩具映画とは、大正期から昭和の初頭(1920年代から30年代)を中心に、一般家庭に普及したブリキ製の玩具映写機で鑑賞した映画のことです。それらの映像は、劇場で公開された映画の一部が市販され、またそれ専用に製作されたものです。玩具映画が今の映画と同じ規格の35mmフィルムであったことで、 現在でもそれらの映像を鑑賞する事が出来ます。すでに、オリジナルである映画は消滅し、孤児映画として残存しています。ただ、これらのフィルムは、70年から80年前のもので、今では消滅の危機にあります。 そこで、2003年より本学藝術研究所の共同研究として「玩具映画および映画復元・調査・研究プロジェクト」を立ち上げ、2011年に終了いたしましたが、この間、玩具映画フィルムを収集、復元、保存に努めてまいりました。その成果として、約800本の玩具フィルムを復元し、救出することが出来ました。
これらのフィルムは、20秒から3分程度の短い映像ですが、当時全盛期にあったチャンバラ時代劇やアニメーション、ニュース映像、また海外の映画なども含まれ、大正・昭和の歴史的な証言者となっています。
復元した玩具映画コレクションは藝術研究所で鑑賞して戴けますが、この大阪芸術大学テレビでも公開してまいります。これらの映像は、消滅を逃れた貴重なものです。傷 やカビ、縮み、歪み、亀裂、乳剤剥離、そして加水分解という経年劣化を起しています。見苦しい映像ですが、そこに写された映像は、貴重な歴史の証言者というだけでなく、大正・昭和のモダニズムの時代らしく斬新で瑞々しく、また勢いに満ちています。また、新しい創作にも、様々なアイディアや着想を促すものと 確信しています。是非、玩具映画(TOY FILM)をお楽しみ下さい。
本プロジェクトでは、今後も学内外で活動してまります。活動内容は、以下のページをご参照ください。
TOY FILM PROJECT(玩具映画プロジェクト)学外公式ページへはこちら
中山安兵衛
1925(大正14)年
日活京都・波多野安正監督
尾上松之助主演
生涯で1000本以上の映画に出演した日本で最初の大スター尾上松之助晩年の作品。
この作品は、安兵衛が伯父の菅野六郎衛門の助太刀をして18人斬りを行なう「高田馬場の決闘」の名場面。
それを見た堀部弥兵衛と妙親子に見初められ、赤穂浪士の一員となる「忠臣蔵外伝」の一つ。
日活京都・波多野安正監督
尾上松之助主演
生涯で1000本以上の映画に出演した日本で最初の大スター尾上松之助晩年の作品。
この作品は、安兵衛が伯父の菅野六郎衛門の助太刀をして18人斬りを行なう「高田馬場の決闘」の名場面。
それを見た堀部弥兵衛と妙親子に見初められ、赤穂浪士の一員となる「忠臣蔵外伝」の一つ。
血染の十字架
1927(昭和2)年
阪妻プロ松竹・安田憲邦監督
阪東妻三郎主演
日本の俳優として初めてスター・プロを設立した阪東妻三郎が、時代劇としては珍しい切支丹ものに挑戦。キリスト、神父、侍の一人三役を演じている。ピストルでの乱闘シーンは、当時の西部劇の影響が窺えて面白い。
阪妻プロ松竹・安田憲邦監督
阪東妻三郎主演
日本の俳優として初めてスター・プロを設立した阪東妻三郎が、時代劇としては珍しい切支丹ものに挑戦。キリスト、神父、侍の一人三役を演じている。ピストルでの乱闘シーンは、当時の西部劇の影響が窺えて面白い。
まぼろしの峠 江戸の巻
1931(昭和6)年
右太プロ・吉野英治監督
市川右太衛門主演
市川右太衛門は、阪妻の後にマキノ映画でスターとなり、独立。奈良市のあやめ池に撮影所を開いた。右太衛門は、舞を意識し、流れるような美しい形の殺人を考案した。この作品の座ったままでの殺陣の映像は立ち回りの特徴をよく表している。
右太プロ・吉野英治監督
市川右太衛門主演
市川右太衛門は、阪妻の後にマキノ映画でスターとなり、独立。奈良市のあやめ池に撮影所を開いた。右太衛門は、舞を意識し、流れるような美しい形の殺人を考案した。この作品の座ったままでの殺陣の映像は立ち回りの特徴をよく表している。
お化寺(全一巻)
1933(昭和8)年
PCL漫画部。大石郁雄作画
狐と狸の化かしあい「動絵狐狸の立引(うごきえこりのたてひき)の短縮版。侍に化けた狐が、狸をめった斬りにする。しかし、狸は斬られても分身の術でたくさんの小さな狸になり、幽霊になって応戦する。
PCL漫画部。大石郁雄作画
狐と狸の化かしあい「動絵狐狸の立引(うごきえこりのたてひき)の短縮版。侍に化けた狐が、狸をめった斬りにする。しかし、狸は斬られても分身の術でたくさんの小さな狸になり、幽霊になって応戦する。
豪快太郎 世界漫遊記
不詳
天守閣の上で、見得を切る豪快太郎。城の鯱(しゃち)に乗って空を飛び、世界旅行へと飛びたつ。中国では砲弾を受けるが、敵をやっつけ、南海では白人の海賊船に合い、これにも勝つ。戦争へと向かう時代の日本アニメ共通のテーマが描かれている。
空の桃太郎(全一巻)
1931(昭和6)年
横浜シネマ・村田安司作画
桃太郎が猿、犬、雉を引き連れ、飛行機に乗って、南氷洋に向かう。ここではご存知の鬼ではなく、ペンギンたちを虐める鷲(米英)を退治しに行く。途中、鯨の潮吹きで空中給油を行なうなど、明らかに子供向け軍事プロパガンダの典型例といえる。
