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――本日は大阪芸術大学短期大学部卒業の陣条和榮さんにご登場いただきます。何卒よろしくお願いします。
陣条:よろしくお願いします。
――なお今回は大阪芸術大学短期大学部 デザイン美術学科准教授の保木本和夫先生と、陣条さんの後輩である大崎敏恵さん※1のお二人に同席していただいています。
保木本・大崎:よろしくお願いします。
――まず始めに陣条さんのプロフィールを簡単に説明していただけますでしょうか。
陣条:短大を卒業してデザイン事務所に6年勤めた後に独立して今に至ります。
――現在のご自身の仕事内容としては。
陣条:フリーのイラストレーター。事務所の名前はありますが実際お仕事する際は陣条和榮名義でやっております。事務所のようになっていますが私一人単独で仕事してます。
――学生時代の専攻というのはデザインだったのですか。
陣条:デザイン美術学科グラフィック専攻でした。
左より、陣条さん、大崎さん、保木本委員
※1大崎敏恵さん…大阪芸術大学短期大学部 デザイン美術学科卒業。 現在は株式会社ポトフの代表取締役。
――その頃からイラストレーターを目指していたのですか。
陣条:父が印刷会社を経営していた影響もあり幼い頃からインクの匂いと印刷物を見て育ちました。そんな環境から紙には困らず毎日絵を描いていました。その当時は水森亜土ちゃんに影響を受けて、文房具屋でさまざまな文房具に展開されているのを見て、こういう仕事をしてみたいと思っていたら次に『サンリオ』が世の中に出てきて、その辺りからどんどんキャラクターグッズの仕事をしたいと強く思うようになりました。
――現在ではその夢は叶ったと言えますか。それともまだ夢の途中。
陣条:夢が変わってきたと思います。デザイン事務所に入ってそれに近いことはさせてもらいましたので今はそんなにファンシーグッズとかにこだわったりはしていませんね。
――学生時代の思い出は何かありますか。
陣条:大学受験の時に親から「これからは英語の時代」だからと英文学科に行ってほしいと言われて、でも私はずっと絵を描きたかったので美術学科に行かせてほしいと揉めていたのですが、その夏家族で台湾に旅行に行ったときに有名な占い師の方に見てもらう機会がありました。その時にもう今しかチャンスはないと思って絵を描きたいが絵の道に進んでもいいかと聞いたところ、占いの先生が「絵の道があっている」と言ってくれたおかげで、帰りの飛行機の中で母から芸大受験の許しをもらう事ができました。それがまず最初のターニングポイントになりましたね。それからは通っていた高校に大阪芸術大学卒業の先生がいらっしゃったので、その先生に教えてもらってそれで浪速短期大学を目指すようになりました。入学してからは毎日絵が描けるんだとワクワクしていました。勉強ではなく大好きな絵を。
――ご自身の作品の中で一番の物というのは。
陣条:イラストを頼まれまして、今一緒に組んでいる浪速短期大学の同級生のデザイナーが居るのですが、彼とは学生時代からのおつきあいで気心が知れていることもあって、私好みのデザインに仕上げてくれるのでそのデザイナーと組んだ時の作品全般は気に入っています。例えば大手前製菓学院専門学校の入学案内パンフレットのイラストだとか、神戸ハーバーランドのパンフレットだったり、キャナルガーデンの時報と共に動くからくり人形のデザインだとかですね。彼は私の埋もれた素質を引き出してくれるんです。(笑)
――陣条さんの作品の展開というのはイラストが主になるのでしょうか。
陣条:基本的にはイラストですね。やはりイラスト先行で発想を進めてしまいます。先ほどのからくり人形の立体というお話を頂いたとき面白そうだなと。平面を立体にするという作業は難しかったのですが専門のスタッフの方が居らしてたので楽しくお仕事ができました。
――注目のイラストレーターとかは居ますか。
陣条:ちょっと分からないですね。自分のことで精一杯なので。
――陣条さんの作風というのは今も学生時代と変わらないものなのですか。
陣条:学生の頃は自由に描いていましたね。アメリカンコミックとかそういう系統の絵が好きだったので、どちらかと言うと印象に残る絵を描きたいと思っていました。でもいざ仕事となると万人受けするものを求められ、売れないことには話しにならないという現実もありましたし、絵の感じもおとなしめにしたり、彩色もピンク系に変えていったり、とにかく売れる絵を描くという方向にシフトチェンジしていきましたね。技術による変化というより精神的なものによる変化はあります。ですからその分仕事以外の個展では自分の思いのままの作品を制作するようにしています。
――陣条さんにとって恩師という方は。
陣条:一番コミュニケーションをとったといいますと保木本先生になりますね。今でも慕って連絡を取り合ったりしています。
――下積み時代のお話を聞かせてもらえますか。
陣条:デザイン事務所の面接を受けに回っていた時に色々な人に出会いましたね。中には少し変わった社長さんなんかもいてグループ面接の時に「君たちはなぜここに居る」と聞かれていって最後に「好きだからだろ!」と絶叫されて面接終了なんてこともありましたね(笑) 当時は単に変な人という印象だったけど、今思えばその言葉の重さは感じます。学生上がりの時よりも今となってわかることって結構ありますね。デザイン事務所に勤めていたときに明日まで何か案を出さないといけない時がありまして、翌日全員で案を出し合うのですけどどれも似たり寄ったりの内容なので社長が「寝られないくらい考えたのか?俺なんか夢にうなされるくらい考え続けるぞ」と言うので、そんなはずはないだろうと思っていたら実際今一人で仕事しているとうなされたりしますね(笑) こうゆうことなんだなと今となってはわかりますね。若い時はそれだけ真剣に取り組んでなかったということかもしれません。
会社行って、お給料をもらって、帰ってというものから姿勢が変わりました。だけど卒業して間もなく日本橋の『プランタン』に行った時にお洒落なファンシーグッズを見ていたらそれが同級生の子のサイン入りのグッズだったんです。その子は学生時代では目立たない子だったんですが、夢を叶えているのを見て先を越されたという感はありましたね。私もそういう事をやりたかったんだ!と。
社長の魅力で会社を決めたのはいいのですが楽しい事が好きな社長だったので仕事でみんなで釣りに行ったり凧揚げに行ったりと、私が凧を揚げている(笑)間に彼女はどんどん先に行ってしまっていたんだと思うと凄く後悔してもっと突き詰めて会社を選ぶべきだったのかなと感じました。残業も多くて帰りがとても遅くなることもあったので、朝はいくらでも早く来るから夜は定時の6時に退社させてほしいと社長に頼みました。それで朝は誰よりも早く出社して定時に帰るようにしていました。今思えばあの社長だったからこそ話せたのだと思います。残業していた時は毎日夜の11時くらいに帰っていました。ある日、帰りの電車で鶴橋に停まったときに同年代の子達が合コンかなんかから楽しそうに乗ってくるのを見て自然と涙が流れました(笑) 朝から夜の11時まで働いてこんな人生でいいのだろうかと思い、このままでは体も壊すと感じて社長に直談判しに行ったというわけです。
その後何年かして仕事を辞めてデザインから開放されましたがその生活も1ヶ月くらいで飽きてきましたね。ちょうどその頃デザイン事務所で知り合った得意先の担当者から描き続ける事を勧められ、それから少しずつまた絵を描く仕事というものを始めていきました。

――最後に今の短大の学生達に何か一言お願いします。
陣条:やはり継続は力なりと思うので、好きで続けていけばどんな条件になってもチャンスは巡って来て、すてきな出会いがあると思います。やりたいと思うことを続けていると回り回ってきっと自分にチャンスが来る!と思っています。
――これでインタビューは終わらせていただきますが、今後 益々のご活躍をご期待申し上げます 本日はありがとうございました。
陣条:ありがとうございました。
- 企画・取材/
- 企画広報委員 保木本和夫
- 文責/
- 広報担当(学生部) 藤 田康誉
プロフィール
- 陣条 和榮 ジンジョウ カズエ
- 神戸在住/大阪芸術大学短期大学部 デザイン美術学科 卒業後大阪にあるデザイン事務所を経てフリーランスのイラストレーターになる。
現在は主にTシャツ、キッズインナー、パッケージイラスト、ファンシーグッズ、カットなどのイラストレーションの制作。
- 受賞歴
- ウェスティンホテル大阪リースデザイン入賞(第8、9、12、14、17回) 画材:発泡スチロール、アクリル絵の具、SNOW TEX、手芸パーツ
- 2007年 第2回チボリ・イヤーズポスター入選
- 2011年「三宮中央通りまちかど壁画プロジェクト」入選 他多数入選
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