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今だから、明日のアートへ【清川あさみ】 今だから、明日のアートへ【清川あさみ】

美術学科
2021/10/25

SNSの登場によって、美術館の撮影OKや、SNSを基盤とするアートキュレーターの登場、あらたなアートファン層によるアートのファッション化・インテリア化など、世界中でアートを取り巻く状況が大きく変化してきた。とくに若い層において、アートとの距離が近くなり、アートとの関係性が変化し、様々な新潮流を生み出している。O Plusは、今だから、大きな変化を見せる美術界を俯瞰してみようと思う。美術の価値観はどう変化しているのか、誰がそれをリードしているのか、アーティストと愛好家に芽生えてきた関係とは? トップを走りながらその関係性を模索するアーティストや、自らSNSの活用をはじめたアーティスト、新しいアートキュレーションの現況を語るコレクターらを訪ね、彼らの話を聞いていくと、これからの人とアートの関係が見えてきた。


Photo: Maciej Kucia

Text: Yoshio Suzuki

それまでの活動の真骨頂を故郷の古典芸能に投影した

室町時代からの伝統のある淡路島の人形浄瑠璃をこの地出身のアーティストである清川あさみがプロデュースしたことがニュースになった。


淡路人形浄瑠璃は江戸時代の18世紀前半に最も栄え、島内に40以上の座元があり、東北から九州まで全国を巡業した。明治以降、娯楽の多様化、変遷により一時衰退するものの、伝統芸能見直しの気運も高まり、1964年、淡路人形座が立ち上げられ、年間1200回以上の公演、島内外に100回もの出張公演をしている。76年には国の重要無形民俗文化財に指定されている。


清川は総合プロデュースと衣装や舞台美術の監修をし、作家のいとうせいこうが脚本を担当。映像を駆使するなどの新しい手法も取り入れたことで動員は飛躍的に伸びた。


「戎舞+(プラス)」の舞台美術を背景に人形とともに写真に収まってもらった。『古事記』の冒頭には淡路島が国生みの島として描かれているが、「戎舞」はその神話ゆかりの演目で淡路人形浄瑠璃の起源である。


清川にとっては出身地であり、この国のルーツとされる淡路島で伝統芸能を手掛けることになった。彼女にとって、出身地の影響は大きい。「山など自然豊かな場所で、観察の対象が人間なんです。人間か生き物か自然かみたいな中だと人間を観察したり、分析したりするんです」


そのクールな観察眼をたずさえ、彼女は作品『TOKYOモンスター』*1を生み出した。東京のファッションスナップに刺繍を施している。「コンピュータとかネットとかが走り始めた90年代後半。その転換期に自分がいて、ナマの人間がすごいリアルで面白かったんです。原宿とかに行くと、みんなさまよってるというか漂流しているというか。それがカッコよくて『TOKYOモンスター』を作ろうと。さらに、みんな、自分を表現する方法として服があったのにそれがだんだんSNSに移ってるなと思ったときに『1:1』*2が生まれました。インスタグラムからつくってる作品なので日付がある。その1枚の情報がすべてではなくて、自分たちが見ている風景っていろんなレイヤーになってるんじゃないかというメッセージなんです」


清川の作品シリーズで最も有名なのは『美女採集』であろう。一般人、女優やモデルやタレント、ミュージシャンらをなにがしかの動植物にたとえ、撮影し、その写真に刺繍を重ねる。


「女性そのものを作品にしたいと考えたのがきっかけでした。しかも女の目で解釈しようと。以前は下調べや分析のための材料がその人の写っているヴィジュアルやインタビュー、生年月日や生い立ちといったものだったのですが、現在はその人の多面性を見るために、SNSが重要になってきました。みんな必ず、どう見られるかと考えてアップしますね。ただ、年代によって変わるのですが。10代とかだと容姿の美しさなど外見をメインでアップする人が多いんですけど、だんだんじっくり考えられるようになっていくんです。自分の見られ方とか。あと、その人の持っているものをアップしますよね。好きなものとか。それも分析の材料になります」


美しい、憧れの対象である「美女」を分析し仕立てる。でも、表向きの見た目がすべてではないのでは? 完璧に見える女性たちにもコンプレックスはあるだろうと。それはときに美しい毒かもしれない。自身の思いも重ね合わせ、作品になっていったのは理解できる。


「全部見たいんです。私。全部知りたいんです。歪みとか、窪みとか、綻びも見出して作品にしたいんです」


育った環境や服飾を学んだり、モデルをやってきたことが清川の創作活動のもとになっている。そして、今回、人形浄瑠璃を手掛けたことにもつながる。


「古典であることのルールがあり、でも、境界線をなくさないと見えてこない、理解できないこともあります。それだけに自分がやってきたことからの可能性を感じました。ファッション、空間デザイン、演出、アート、様々なプロデュース。いろいろつながって、形にできたのが、人形浄瑠璃だったんです」


*1『TOKYOモンスター』清川自身もモデルをやっていた90年代のファッション誌のスナップ写真をモティーフとして、東京をさまよう若者たちの心の中にあるコンプレックスや虚栄心の表れを「モンスター」になぞらえて表現している。


*2『1:1』清川本人のインスタグラムにアップされた画像のネガポジを反転させ、片方のイメージは写真紙に、もう片方は縦糸だけを連ねた面に転写する。2つのレイヤーを少し離して重ね合わせると、見る角度によってネガティブとポジティブのイメージが競い合い、その時の記憶や心理の背景にあるものが複層的に表現される。


淡路人形座での清川あさみプロデュース人形浄瑠璃公演についてはウェブサイトを参照してください。

https://www.asamikiyokawa.com/awaji/

●清川あさみ(きよかわ あさみ)

アーティスト。1979年、兵庫県・淡路島生まれ。東京を拠点に活動。2000年代より“ファッションと自己表現の可能性”をテーマに創作活動を行う。モデルとなる人物を撮影し、その写真に直接刺繍するという独自の手法をはじめる。代表作「美女採集」「Complex」「TOKYO モンスター」で、人がそれぞれ持つ人生のストーリーや、心の状態と社会状況の関係を作品化している。水戸芸術館(2011年)、金津創作の森美術館(2015年)、東京・表参道ヒルズ(2012年、2018年)など個展・展覧会多数。広告のアートディレクション、空間デザインやCM映像の制作も行う。絵本作家としても活躍し、『銀河鉄道の夜』はベストセラー。作家・詩人の谷川俊太郎氏との共作『かみさまはいるいない?』は児童書の世界大会の日本代表にも選ばれている。