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始まりの場所へ【石川直樹】 始まりの場所へ【石川直樹】

写真学科
2021/10/25

写真家として、作家として、地球と人間を横断的に語り、若者たちに絶大な支持を集める石川直樹氏。常識が常識でなくなり、経済、政治、文化、人間の営みが根底から揺さぶられる現在、石川氏は、あえて大阪芸術大学写真学科客員教授という、学びの場で自身の経験をシェアする。この変化の時に、『O Plus』は、石川氏が撮り続け、発信し続ける、今日的デジタル文化の極北とも言える世界に注目した。「周りを変えるのではなく、自分を変える。変化に身を任すことで、新しい自分に出会っていく」と語る石川氏の旅の原点ともいえるヒマラヤの姿と、いくつかの大切な言葉に対峙して、いまの時期に必要な何かを感じて欲しい。

Q1
コロナ禍の間、大きな旅をできない日々が続きました。
旅について規制の多い期間をどのように受け止めていましたか?

自由に何でもできる状態ではなく、制限があるからこそ、それを飛び越えようとする力が働くので、僕としてはコロナ禍の二年程は全然ネガティブな状態ではありませんでした。こんな時期だからこそ自分の家の中で撮れる作品をつくってみたり、家から近い街の変化に注目したり。疫禍によって移動できなくならなければ決して実行しなかったであろうことをずっと試していました。


僕は、これまで北極や南極、ヒマラヤなどの極地をはじめ、本当に世界中の行きにくいに場所に出かけて写真を撮ってきましたけれど、肉体的な旅だけではなく、精神的な旅の効用も自認しています。良質な読書をしたり、映画を見て物語に没入したり、美術館でじっくり絵画と向き合ったり。気持ちが揺さぶられるような体験こそが、精神的な旅そのものだと考えています。


標高の高い場所へ行くと、体をその高所の環境に順応させることがとても大切です。周りの環境を変えることができないので、自分が変わっていかなきゃいけない。それと同じで、コロナ禍のような特別な状況になったら、変化をいとわない、自分をどんどん変化させていくことで新しい世界に出会う。この感覚を僕は昔から持っています。

Q2
写真集『エベレスト』。石川さんにとっては原点でもある場所。
ところが、写真集は初です。
どのような思いで編纂されたのでしょうか?

エベレストは2回登頂していています。トレッキングで麓の村までなら、もう20回ぐらい行っているし、周囲の山からもエベレストをずっと見つめてきました。世界一有名な山ですけど、自分としても思い入れのある山なんです。10年くらい前に写真集として出版することもできたのですが、すぐにはまとめられなかった。そして、ようやく去年、出すことができました。


麓から頂に至るまでシークエンスを組んでいて、読者がページをめくりながら標高を上げていくような構成になっています。僕は、写真集という形態がとても好きなんです。写真展の場合は、その場所に行かないと見てもらえない。でも写真集にしたらいろんな場所の人に見てもらえるし、10年、30年、50年と、自分がいなくなった後も残っていく。写真集をつくることは、自分の人生における大切な仕事の一つです。

Q3
石川さんは、興味を引かれるものを見つめ、
写真を撮ろうとするときに、何を大切にされていますか?

写真というのは、みんなが見ているレイヤーとはちょっと違うレイヤーにスッと滑り込んで、それを写し撮ることだと思っています。世界は一つだけしかないけれど、見えている世界は人の数だけ存在する。大多数の目線に合わせることなく、自分自身の見つめ方をそのまま写真にも投影させていけばいい。そんな極私的な視線の先をカメラで掬い取るような感覚ですね。


それを続けて行くと、知っていると思い込んでいた事象がひっくり返ったり、新しい出会いを引き寄せてくれて、楽しいですよ。

Q4
カメラについてですが、石川さんはデジタルを使っていませんね。

デジカメで何百枚、何千枚も撮れる状態と、フィルムで制限のある中で撮っていくことでは、やはり撮れるものがちょっと違ってくる。僕はずっと古い蛇腹付きのカメラを使っていて、それは1本のフィルムで10枚しか撮れません。こうした制限があることで、目の前で起こっていることを、一期一会で記録していかなければならなくなる。雨であろうと、曇天であろうと、天候待ちなんてせずに、いま出会っている対象をそのまま撮る。とても身体感覚に近い撮り方です。意味ではなく、目の前のものを反応でそのまま撮っていくだけ。デジカメとかだと、間違ったら消せるのでつい多めに撮っとこうとかってなるし、そうすると目の前のものとの出会い方がちょっと違ってきてしまうんです。

Q5
若い世代へ、今からやっておくべきことがあれば教えてください。

10代後半や大学時代に、自分の関心を突き詰めていくのはとても大切です。ただ、いま関心を抱いていること以外をすべてシャットアウトするのではなく、できるだけ自分の中の扉を大きく開いて、アンテナを研ぎ澄まし、あらゆるものを受け入れていくことが大切なんじゃないか。今は関心がないことでも、きっと何かに繋がっていくので。


僕の場合は、高校生の頃にインドやネパールへ旅をしていました。その中で、自分が常識だと思っていることが、たくさんある価値観の中の一つのことでしかないということに気づいたわけです。異文化の人々に出会ったら、どうにかしてコミュニケーションをとろうと、適切な距離感を見つけ出します。あんまり近過ぎてもびっくりされちゃうし、遠過ぎても警戒しているように思われる。近くもなく遠くもない距離感で異文化の中に入っていくっていうことが10代の頃から身に染みていたように思います。


高校3年生ぐらいのときが最も大人のことを冷静に観察し、自分に関しても客観視しているのではないかと思います。クールな部分がすごくあるし、将来のことを一番考える時期でもある。色々な意味で大切な時期だと僕は思います。


僕の場合は、高校生の時に人生で最も本を読んでいたし、いろんな人に出会って学んでいました。現在の自分がつくられたのもその10代後半の経験があったからこそだと思っています。

『EVEREST』 写真集/CCCメディアハウス刊

●石川直樹(いしかわ なおき)

1977年東京生まれ。写真家。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。大阪芸術大学写真学科客員教授。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。2008年「NEW DIMENSION」(赤々舎)、「POLAR」(リトルモア)により日本写真協会賞新人賞、講談社出版文化賞。2011年「CORONA」(青土社)により土門拳賞を受賞。2020年「EVEREST」(CCCメディアハウス)、「まれびと」(小学館)により写真協会賞作家賞を受賞。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した「最後の冒険家」(集英社)ほか多数。2016年に水戸芸術館ではじまった大規模な個展「この星の光の地図を写す」は、新潟市美術館、市原湖畔美術館、高知県立美術館、北九州市立美術館、東京オペラシティアートギャラリーなどへ巡回。同名の写真集も刊行された。現在は8000メートル峰14座に登りながら撮影を続けている。

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