竹工芸から現代アート、建築へ─四代 田辺竹雲斎氏が語る「伝統とは挑戦なり」 竹工芸から現代アート、建築へ─四代 田辺竹雲斎氏が語る「伝統とは挑戦なり」
2026年10月8日、大阪芸術大学芸術情報センターAVホールで、工芸学科の学生を対象に、竹工芸家・アーティストの四代 田辺竹雲斎氏による特別講義が行われました。大阪・堺で代々受け継がれてきた竹工芸の技術を礎に、現代アートや建築へと表現の領域を広げ、世界各地で作品を発表する田辺氏。講義では、竹工芸の歴史や制作技法、伝統を受け継ぐことの意味、アートの本質などについて、自身の作品や海外でのプロジェクトを交えて解説しました。竹を割る実演では学生も挑戦。伝統を守るだけでなく、新たな価値を生み出すために何が必要なのか。世界を舞台に挑戦を続ける田辺氏の言葉から、ものづくりの可能性と未来へのヒントを学ぶ時間となりました。
工芸家であり、アーティストであるということ
講義の冒頭、「職人・工芸家・アーティストの違いは何だと思いますか?」と田辺氏は学生たちに問いかけました。「職人は1つのことを極めて表現し、アーティストは自由に何でも取り入れて活動する」といった回答が寄せられると、「さすが工芸家をめざす学生ですね」と笑顔に。田辺氏は、技術を受け継ぎ、その技術で物をつくるのが職人、そこに自分の感性や思想を加えるのが工芸家、そしてアーティストとは「答えを出すのではなく、問いを生み出す人」ではないかと考えていると言います。「私は工芸家であり、アーティストでもありたい。技術と思想と感性を持ち、問いを生み出す仕事をしたいんです」続けました。
代々受け継いできた伝統工芸を未来へつなぐ責任を担いながら、現代を生きるアーティストとして新しい作品を生み出す。その両方を実現するため、田辺氏は大阪・堺の工房を拠点に、弟子12人をはじめ、建築家やマネジャー、戦略・マーケティングチームなど約20人のメンバーと活動しています。当日は、弟子入り10年目の元イタリアンのシェフという市川陽菜氏と、元バッグデザイナーで2年目の小林由紀恵氏も紹介されました。
「伝統とは挑戦なり」受け継ぐことは、変わり続けること
田辺家の竹工芸の歴史は、初代が「竹雲斎」を名乗った1901年から始まり、2026年で125年を迎えます。初代は、日用品としての竹細工から芸術作品としての竹工芸へと可能性を広げ、日本で初めて竹工芸家として個展を開いた人物でもあります。田辺氏の祖父にあたる二代目は、中国風の装飾的な作風から離れ、日本らしい繊細な表現を追求。透けるように竹を編み上げる「透かし編み」を生み出しました。現在では伝統的な技法として知られていますが、当時は革新的な表現でした。父であり師匠でもある三代目は、戦後の美術教育の影響も受けながら、竹工芸にオブジェという概念を取り入れ、現代的な作品を生み出したと言います。
そんな田辺家に伝わる家訓が「伝統とは挑戦なり」です。田辺氏は、「伝統というと、同じものを受け継いでいくイメージがあるかもしれません。しかし、伝統とは常に新しいものに挑戦すること。その挑戦が、後の時代には伝統になっていくのです。伝承は同じものをつくること、伝統は革新していくことだと思っています」と語り、「伝統とは挑戦なり」という言葉は、自身の座右の銘でもあると明かしました。
竹を割り、編む。その先にある表現を追求する
会場には作品も展示され、制作の過程を紹介する映像も上映されました。竹を割るところから始まり、なたや小刀を使って細かく割き、幅や厚みをそろえていく。ほとんど機械を使わず、1本1本を手作業で加工します。「竹割り3年、編み8年」と言われるほど、熟練の技術が求められる世界。1000本の竹ひごをつくっても、0.01ミリの精度で幅をそろえる技術が必要です。100種類以上あるとされる編み方を使い分け、竹を曲げる際にはろうそくの火で熱を加えたり、水を含ませて柔らかくしたりします。染色や漆塗りなどの工程を経て、1つの作品が完成します。
田辺氏は、「日本には、茶道、華道、書道、香道、柔道など、『道』がつく文化があります。技術を取得して上手くなるだけでなく、その行為を通して自分自身を磨く。『道』とは、目的地に到達することではなく、そこに向かって歩み続ける過程なのだと思います」と言及。型を身につけ、型を崩し、やがて型から離れて自分の生き方へとつなげていく。田辺氏は、技術の習得にとどまらない日本文化の哲学を、工芸を学ぶ学生たちに伝えました。
世界を舞台に、チームでつくる竹の空間アート
田辺氏の活動は、かごやオブジェといった工芸作品にとどまりません。パリのギメ美術館での展覧会では、約1万本の竹を使い、接着剤を一切使用せず、編む技法だけで高さ約6メートルの作品を制作。トルコでは8メートルを超える作品を手がけ、ロサンゼルスでは全長47メートルにわたるインスタレーションも発表しました。特徴的なのは、作品を展示した後のことまで考えられている点です。竹を編み上げた作品は、展覧会終了後に解体できる構造になっており、素材を次の場所へ移して再利用します。折れた竹を補いながら循環させることで、サステイナブルな作品として長く生かし続けるのです。ブラジルでは、地元の人びとと一緒に作品を解体するワークショップも実施。各地の人びとと交流しながら、国境を越えて作品をつないでいくことも、活動の大切なコンセプトだと言います。「1人の力ではなく、チームの力で世界と戦うこと」をテーマにしている田辺氏。「工芸は1人で黙々と制作するイメージがあるかもしれません。しかし、大規模なインスタレーションは弟子たちとの共同制作が不可欠です。伝統の技術や思想を継承しながら、チームで新しいアートをつくり上げる。その姿勢には、人と協力し、互いの力を生かす日本ならではの強みも表れています」と語りました。
工芸の枠を超え、建築や企業とのコラボレーションへ
田辺氏が空間全体を使った作品に取り組むきっかけとなったのは、大学生の頃に海外で展覧会を経験したことでした。「工芸は世界のアートの枠組みから外れてしまう。工芸は極東の島国の美術にしかすぎない」世界で活動するための方法を模索していた2009年、ロンドンのロイヤル・アカデミーでアニッシュ・カプーアの個展を鑑賞。身体全体で感じるアートに衝撃を受け、竹でも五感に訴える表現を生み出したいと考え、インスタレーションに取り組むようになりました。講義では、2026年に完成した成田空港第1ターミナルの作品も紹介されました。日本の玄関口に日本のアートを設置したいという空港側の要望を受け、竹を約3万本使用した建築的なプロジェクトです。足場を組み、約6カ月をかけて制作。田辺氏は弟子10人と共に現地に2カ月間滞在し、営業中の空港で公開制作を行いました。制作風景から完成までの映像に、学生たちも見入っていました。
さらに、ハーバード大学建築学の教鞭を執ったデジタルアーティストの貝島佐和子氏との共同制作では、数式と竹工芸の美的要素を融合させた作品「花無心」を紹介。ホンダからの依頼では、竹のアイデンティティーを取り入れた1/1のスケールモデルを、コンセプト・デザイン・構成を含め約1年かけて制作しました。量産やビジネスを見据えると、創造性だけでは解決できない課題もあると実感したと言います。「アイデンティティーは分野を越境すると思います。工芸には、そうした可能性があるんです」と田辺氏。素材の魅力を追求することから始まった工芸が、建築やデジタル技術、企業との協働へとつながっていく。工芸を学ぶことは、特定の分野にとどまらない表現の可能性を切り拓くことでもあります。
アートとは何か。答えではなく、問いを生み出す
田辺氏は、「人が見ていない滝や景色は、美しいのでしょうか?」という質問で、学生たちに改めて「アートとは何か」を問いかけました。美しいという概念や作品の価値は、人が関わることで成立するものなのか。ゴッホの絵の価値を例に挙げながら、自分が美しいと信じるものを追求することと、歴史や社会の中で価値がつくられる仕組みを理解すること、その両方の視点が必要だと語ります。また、現代アートの転換点として紹介されたのが、マルセル・デュシャンの作品「泉」です。既製品の小便器を作品として提示したことで知られるこの作品は、それまでの「高い技術で美しいものをつくる」という芸術の価値観を揺さぶりました。変えたのは作品そのものだけでなく、アートを見る人びとの考え方だったのです「アーティストとは、答えを出す人ではなく、問いを生み出す人。私も、竹を編むことから、竹を通して何を伝えるのかを考えています」と田辺氏は話しました。
AI時代だからこそ、人と人とのつながりを
講義では、AIやテクノロジーが発展する時代のものづくりについても話題が広がりました。これからは、単に美しいものや便利なものをデザインするだけでなく、「誰が、どのように、何を語るか」というナラティブデザインの視点が重要になると田辺氏は考えています。相手の人生や思いを理解し、その人のためにデザインする。コミュニケーションを通じて人と人をつなぐ。そうした姿勢こそが、これからのクリエイターに求められるものだと言います。「AI時代に必要なのは、正解ではなく関係です。その人をどう支えるか、誰と一緒に生きるか、自分は何を大切にするのか。これからのものづくりには、そういう視点が必要だと思います」と続けました。親から子へ、師匠から弟子へと、人から人へ伝える営み。その中で育まれてきた工芸には、時代が変わっても失われない価値があります。「伝統とは、ものを残すのではなく、価値を残していくことではないかと思います」と語る田辺氏の言葉には、技術だけでなく、その背景にある思想や人とのつながりを未来へ手渡そうとする思いが込められていました。
竹に触れ、割る。素材と向き合う体験
講義の後半には、竹そのものを知るための時間も設けられました。竹には約1200種類があり、日本にも600〜800種類が生育するといわれています。会場には真竹、黒竹、虎竹、亀甲竹、希少な中国の斑竹などが持ち込まれ、学生たちは実際に手に取って、手触りや香りを確かめました。続いて、弟子の小林氏による竹割りのデモンストレーションがスタート。真竹を手仕事で細かく割いていく様子を間近で見た学生たちも、木槌を手に竹割りに挑戦しました。長い黒竹を二人で協力して割る実演では、力を合わせて竹を割る感触に驚く声も。映像や言葉だけでは伝わらない、素材の特性や工芸家の技術を体感する機会となりました。
夢を持ち、チャンスをつかんでほしい
講義の最後、田辺氏は学生たちに「将来なりたい職業や、夢はありますか?」と問いかけました。「自分の店を持ちたい」「自分の作品を置きたい」「アクセサリーをつくりたい」など、それぞれの思いが語られます。田辺氏自身が10代の頃に抱いていた夢は、海外で個展を開くことでした。2011年、フィラデルフィア美術館からクラフトショーへの参加依頼を受け、作品を出品すると、それまで売れなかった作品が完売。美術館にも作品が収蔵され、翌年には美術館のパンフレットの表紙を飾りました。その後、ニューヨークでの個展は失敗に終わり、大きな挫折も経験します。しかし帰国後、作品を見に日本を訪れたアメリカ人コレクター夫妻が作品を購入。夫妻は当時のマイクロソフト社長夫妻で、シアトル美術館のボードメンバーでもありました。この出会いが同美術館での個展につながり、田辺氏のアーティストとしての活動を大きく前進させたのです。夢をあきらめずに挑戦を続けた結果、現在では25カ国、50カ所で個展を開催。構想中の、現代的なビルと竹を融合させた建築のイメージも披露し、大きな夢を描いて発信することで、新たなオファーが生まれ、1つずつ実現していくと話しました。
最後に学生たちへ贈られたのは、「チャンスの神様は前髪しかない」という言葉です。「チャンスは、すぐにつかまなければ流れてしまいます。少しでも躊躇すると、つかめないことがある。何が何でも離さないという気持ちで挑戦してきたからこそ、今、世界で個展ができているのだと思います。工芸は、日本が誇れるアートです。大学生のみなさんが、その可能性を広げてくれたらうれしいです」と田辺氏。講義終了後も、学生たちは壇上に並んだ作品を間近で鑑賞し、田辺氏に直接質問するなど、交流が続きました。伝統を受け継ぐことと、新しい価値を生み出すこと。その2つを両立させながら世界へ挑み続ける田辺氏の姿は、これから自分自身の表現を探究していく学生たちにとって、未来への可能性を感じる大きな刺激となりました。
第一線で活躍されている四代 田辺竹雲斎さんのお話を直接伺うことができ、とても有意義な講義でした。特に、竹という素材を生かし、空間全体を使って表現するインスタレーションは迫力があり、そのスケールの大きさに圧倒されました。最も印象に残ったのは、「チャンスの神様は前髪しかない」という言葉です。私自身、遠慮してしまうところがあるのですが、これからは臆病にならず、目の前のチャンスを逃さずにつかんでいきたいと思いました。また、伝統的な竹工芸から大規模なインスタレーションへと表現を広げてきた竹雲斎さんの姿から、常識にとらわれず挑戦することの大切さも学びました。私も陶芸だからと枠を決めず、さまざまな表現に挑戦していきたいです。
私は、言葉になる前の感情や、自分が感じたことを作品にし、それを見た人の心を動かしたいと思っています。現在は、物語の世界を立体作品に落とし込み、思いやりが広がる優しい世界を表現することをテーマに、器よりもオブジェの制作に関心を持っています。竹雲斎さんの作品からも、今後の制作につながる大きな刺激を受けました。将来は、世界で活躍できるアーティストになりたいと思っています。めざしているのは、ただ有名になることではなく、世界中の人に作品を届け、誰かの心のよりどころになることです。つらいときや悲しいときに、私の作品を見て心が和らいだり、新しい気づきを得たりしてもらえたらうれしいです。そのためにも、自分の表現を大切にしながら、人とのつながりや思いやりを忘れず、1人でも多くの人の心に届く作品をつくっていきたいと思います。
今回の講義に参加したのは、これまであまり触れる機会のなかった竹という素材に興味を持ったからです。実際に竹雲斎さんの作品を見て、竹とは思えないほど細く繊細な表現に驚きました。別の素材なのではないかと思うほど、竹の可能性を感じられる素敵な作品でした。特に印象に残ったのは、伝統を受け継ぎながら、新しい表現へと進化させていくという考え方です。伝統を大切にしながら発展させていく姿勢は、素晴らしいと思いました。また、竹雲斎さんが海外で作品を制作する際、現地の方々と一緒につくり上げていくというお話にも共感しました。私も制作活動の中で取材を通して人と関わり、さまざまな方の考えや経験に触れています。作品そのものだけでなく、そこに関わる人たちも含めて表現をつくり上げていくことに、大きな魅力を感じました。
私は、障がいの有無にかかわらず、誰もが楽しめるガラス作品を制作しています。卒業制作に向けた取り組みでは、吹きガラスで6匹の犬をつくりました。それぞれの触り心地やポーズを変え、目の見えない方にも、手で触れながら個性を楽しんでもらえる作品をめざしています。制作のための取材を通して、自分の知らない世界がたくさんあることにも気づきました。最近は手話カフェにも足を運び、新しい世界に触れることに面白さを感じています。将来はアートの道に進むというより、接客業やアパレルなど、人と直接関わる仕事に就きたいと考えています。学校のイベントで自分の作品を販売した際、お客様から感想をいただいたり、作品について説明して喜んでもらえたりしたことが、とてもうれしかったからです。人と関わりながら何かを成し遂げることに、楽しさとやりがいを感じています。これからも自分の知らない世界に積極的に足を運び、さまざまな人との出会いを通して、新しい発見や学びを重ねていきたいです。