弾くほどに磨かれる音色
ストラディバリウスは、イタリアのクレモナ(※1)に住む楽器職人アントニオ・ストラディバリ(※2)によって製作された楽器の総称。一説によると1200挺ほどの楽器が製作され、そのうちの600挺ほどが現存しているという。なかでもヴァイオリンは、オークションに出品されると億を超える金額で落札されることもある。
ストラディバリウスとの出会いは運命的だった
川井郁子先生が使用するストラディバリウスは、大阪芸大所蔵のもの。ストラディバリの黄金期(※3)とも言われている1715年に製作されたものだ。この楽器との出会いは運命的だったという。
「大学でヴァイオリンを購入するというので足を運んだところ2挺置いてあって、好きな方を選んでくださいと(笑)。そこで弾き比べをして選んだのが、ストラディバリウスだったんです」
多くの演奏家から憧れの眼差しを向けられるこの楽器。その魅力は一体何なのだろうか?
「まず音の肌触りが違います。倍音が伸びるというか、遠くまで飛んでいくような感覚がします。身体に伝わってくる振動音もほかのヴァイオリンとは違いますね」
とはいえ、なかなか言うことを聞いてくれない日もあるとか。
「これもストラディバリウスの特徴なんですが、簡単に弾きこなすことができないんです。“ストラディバリウスはヴァイオリンの弾き方を教えてくれる”と言われることもあるのですが、音を出すのが難しく、一般的には慣れるまでに半年〜1年はかかると言われています。でも、うまく音を出せるようになると、格式高いシルクのような音色を奏でてくれます」
ストラディバリウスを特別な存在にするものとは?
まるで生き物のようなストラディバリウス。その音色は、オーケストラのなかだとさらに際立つという。周りとも調和が取れるし、グッと前に立つこともできる。主役のような存在なのだ。では、具体的に何が特別なのだろうか?
「ヴァイオリンの音を決める要素のひとつにニスがあるのですが、ストラディバリは徹底した秘密主義を貫いていて、現代の科学技術でもどのような成分のニスを使っていたのか解明できていないと言われています。しかも、彼には後継者がいなかったのでニスの秘密は永遠に解き明かされないかもしれません。
次に、製作されてから長い年月を経ていることも挙げられます。ヴァイオリンは経年によって水分がなくなり、音色も変化していくのですが、完全に乾くまでに200〜300年は必要だと言われています。ですから、現代になってストラディバリウスの音色は完成したと考えていいと思います。
そして最後に、ストラディバリがつくったものだということ。生前、ストラディバリは数々の名器を生み出してきました。そんな彼の手によって製作されたものを弾きたいと思う人は数多くいるんです」
※1 16世紀に楽器製造の中心地として栄え、ヴァイオリンの聖地とも呼ばれている
※2 1644年に生まれたとされているがその真否は定かではない。彼の師であるニコロ・アマティも優れた弦楽器職人として知られている
※3 ストラディバリウスのなかでも1700~1725年に製造されたものは、とくに優れていると言われている