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本屋大賞受賞作『同志少女、敵を撃て』の逢坂冬馬先生による特別講義を実施 本屋大賞受賞作『同志少女、敵を撃て』の逢坂冬馬先生による特別講義を実施

文芸学科 / 特別講義
2025/08/08

2025年6月27日、2022年「本屋大賞」を受賞した『同志少女、敵を撃て』の逢坂冬馬先生による特別講義が開かれました。当日は、1年生と3年生を対象とした「書くということ」、4年生を対象に他学年・他学科も聴衆可の「作者と読み解く『ブレイクショットの軌跡』」の二つの講義を実施。文芸学科の小川光生教授とともに、どのようなモチベーションで執筆活動をおこなっているかを語ってくださいました。

小説家という職業に就くことがゴールではない

未来の小説家をめざす学生たちに向けて「『書く』ということをどういう風に考えるか」を題材とした特別講義「書くということ」では、2022年に『同志少女、敵を撃て』でデビューするまでの道のりなどを明かした逢坂先生。明治学院大学在籍時は国際関係学などを学び、文系の研究者をめざしていた。一方、学内の論文コンテストで学長賞を受賞するなどし、文章を書くことの楽しさを感じるようになったのだと言います。


その後、研究者の道ではなく会社に就職。仕事を終えて帰宅し、2、3時間だけ小説を書くという生活を送る中で、膨らんでいったのが「小説を書くことが好きだ」「もっと小説を書く時間が欲しい」という気持ち。そして出版社に原稿の持ち込みをするようになり、編集者から「第7回アガサ・クリスティー賞」への応募を勧められたことを機に、「自分のやりたいことが見つかって、作風もつかめ、その送り先も見つかったので(小説を)書き続けました」と振り返ります。


そんな逢坂先生が同講義で学生たちに伝えたのは、「小説家という職業に就くことがゴールではない」ということ。「こんなことを実現させたいから、小説家になるんだという順番を考えるべき」と助言。「プロとアマチュアの違いは、小説に書く時間がしっかり取れるかどうか」と指摘し、「私の場合は、もっと小説を書く時間が欲しかったからプロになりました」と執筆欲に突き動かされ、プロの道を進んだのだそう。


逢坂先生は、学生から改めて「小説家をめざしたきっかけ」について問われ、「会社員時代は生きていて辛いものがあったのですが、小説を書いている時間は達成感があり、自分でいられました」と自己肯定できたと話し、「この生き方でいいやと思えたんです。自分の中で『小説を書くことが果たして好きなのか?』を繰り返すことで、(プロの小説家に)たどり着きました」と現在に至っていると語られました。


「プロになるためのプロセスを試行錯誤するのではなく、書いている自分を肯定できればいい」と語る逢坂先生

エンターテインメントの小説家は読者に驚きを与えるもの

続く「作者と読み解く『ブレイクショットの軌跡』」では、2025年3月出版の小説『ブレイクショットの軌跡』の創作秘話を中心に特別講義が進行。『同志少女、敵を撃て』ではドイツとソ連の戦禍を舞台とする女性狙撃部隊の姿、2作目『歌われなかった海賊へ』(2023年)ではナチ体制下の少年少女たちの運命が描かれましたが、『ブレイクショットの軌跡』は現代日本社会を背景とする物語に。


逢坂先生は「自分の作風はヨーロッパや戦争が多い様に思われていますが、そもそもそれらは作風ではなく素材。でも3作目でもイタリアの内戦などを書くと『やっぱりそうだよね』となってしまう。私はエンターテインメントの小説家なので、読者に驚いてもらわなきゃいけない。将来的に作風の幅も広げていきたいので、(小説の)素材を一新させたいと思いました」と、『ブレイクショットの軌跡』での狙いについて明かしました。

『ブレイクショットの軌跡』では、逢坂先生は「楽しく小説を書く気持ちを取り戻そうと思った」と話す

同講義ではほかにも「作品を書くとき、どの人称が適しているか確かめることをお勧めします」など実践的な書き方が紹介。物書きをめざす学生たちにとって、今後に繋がる有意義な機会となりました。

学生たちからは、小説を書く上でのテクニックや今後どんな作品を書きたいかなどについての質問が続いた
特別講義後は、逢坂先生の小説を手にした学生たちがサインを求めて並ぶ光景が見られた
特別講師
逢坂冬馬 先生

学生のみなさんは現在、ほとんどの方がアマチュアの立場で小説を書いていると思います。その時間を大切にする中で、自分は将来的にプロに向いているかどうかの発見があるはず。本来、創作活動とはアマチュアイズムに根ざしているものだと私は考えています。自分の内面を見つめ直しながら小説として出力させる。そこに何も介在させる必要はなく、存分に小説を楽しむ余地も残されています。しかし、そんなアマチュアとプロの小説家には決定的な違いがあります。それは、プロは作品が売れないとどうにもならないこと。市場原理主義的な仕組みにならざるを得ず、売れるか、売れないかの物差しが強くなります。たとえば私の場合、好きなように書いた『同志少女、敵を撃て』でデビューし、幸いにもたくさんの方に読んでいただきました。しかし『ブレイクショットの軌跡』は、間違いなくはるかに良くできているはずですが初速の売上は越えられていません。まったく本意ではありませんが、プロの小説家にはそういう厳しさがあるのです。つまり、市場という圧倒的な尺度に否応なく計測される。これに耐えていくのは非常に大変なことなのですが、もしプロとしてやっていくつもりがあればその覚悟が必要。一方、アマチュアは好きだから書くのであって、そういった覚悟は必要ありません。いろんなものを書いて、「どれも書き終わらない」でも構わない。創作の楽しみは人によって違うものですから、答えもいろいろあります。しかし、もし学生のみなさんの考えの中にプロという道があるのなら、次のステップを目指すためにも、まずは作品を完成させることが必要です。そして、そこで出来上がったものを人に読んでもらうことで「小説を書いた」と実感もできるはず。そうすることが必要だと感じれば、仲間でも誰でもいいので見せるべき。不特定多数の読者に広く読ませる状態になるというのが、「プロになる」ということでもあると私は思います。

文芸学科 2回生
澁谷 光希 さん

逢坂冬馬先生が大学卒業後に会社員を経験し、仕事終わりに2、3時間だけ小説を書くことを生活に取り入れていたお話はすごく興味深かったです。そうやって小説を書いている中で「生きている実感を得ていた」という言葉に、勝手ながら共感できた自分がいました。私も、文章を書いている時間が一番、のびのびと息をしやすく感じるからです。自分は幼少期から趣味で文章を書いていました。小学2年生とき、母親に「何か欲しいものはあるか?」と尋ねられて原稿用紙を買ってもらいました。原稿用紙に何かを書いて、自分だけが読んで楽しく感じていたあの頃は、まさに文芸の原点だったと思います。しかし今は、就職活動も近づいてきて、自分が現在学んでいることがどのように生かされるのか不安な部分もあり、「将来、どうなるんだろう」という気持ちになっていました。しかし逢坂先生の特別講義を聞き、自分がこれからどのような道を選ぶにしても「書くことは手放しちゃダメだ」と勇気をいただきました。

文芸学科 3回生
藤原 大和 さん

逢坂冬馬先生の『ブレイクショットの軌跡』を読ませていただいた上で、この日の特別講義で印象深かったのが、差別についてのお話です。創作の中で加害者と被害者を対比として見せることが多くあるとおっしゃり、特に“なきもの”とされている人たちのことを取り上げているということを聞き、あらためて自分も、創作をする上で物事の解像度をもっと高めないといけないと感じました。私は子どもの頃から言葉遊びが好きで、物事を斜めに見るくせがあり、それを物語に出力できる小説に惹かれて大阪芸術大学文芸学科に入りました。小説などのフィクションは、突き詰めれば突き詰めるほど、現実(ノンフィクション)のことを知らなければいけないと考えています。そういう意味で、今の私たちに通じている事柄を題材とした今回のお話はとても刺激になりました。今後の進路は、言葉を武器に活躍できる職種に就くことを目標にしています。一方、創作活動はずっと続けていくつもりです。社会人として働いて、その経験を創作の糧に変えていきたいです。