卒業生インタビュー 石黒正数 (デザイン学科卒)

芸大での2つの出来事が、
僕を漫画家にしてくれた

プロフィール石黒正数(いしぐろ・まさかず)
2000年、デザイン学科在学中に描き上げた『ヒーロー』でデビュー。2001年に同学科を卒業。多くの人気作を世に放ち、代表作『それでも町は廻っている』で2013年第17回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、2018年星雲賞を受賞。最新作『天国大魔境』は「このマンガがすごい!2019」のオトコ編1位に選ばれた。

天国大魔境(2)
石黒 正数/講談社

芸大在籍中の2000年にデビュー。アニメ化もされた『それでも町は廻っている』をはじめ、『天国大魔境』など、数々のヒット作を世に送りだす人気漫画家の石黒正数さん。石黒さんが漫画家になったきっかけは、ある日の芸大で体験した“5分間”にありました。

子どもの頃から漫画家になると
決めていた

僕がノートに漫画みたいなものを描き始めたのは5歳になるかならないかの頃。小さい頃から、将来、漫画家になると決めていたんです。そんな僕が芸大を受験したのは、高校の先生から勧められたから。美術学科とデザイン学科を受けて、合格したのがデザイン学科でした。

大阪芸大でまず驚いたのは、駅の周りになーんにもないこと(笑)。今は全然、違いますが、当時は人とぶつかりたくてもぶつかれないような場所だったんですよ。

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僕を漫画家にした芸大での2つの出来事

芸大には、僕が漫画家になった2つのきっかけがあるんです。ひとつは中村佑介※との出会い。僕は当時、絵には自信がありましたし、芸大に入って入部した漫画研究会でも、「ここからプロになれるとしたら、オレだな」って思っていたぐらい(笑)。でも、ある日、佑介が見せてくれた絵に、ものすごい衝撃を受けたんです。上手いし、僕が今まで見たことのないような絵を描いていた。生まれてはじめて、上には上がいて、漫画家になれないかもしれないと思ったぐらいです。でも、当時はそれを認めたくなくて、とにかく佑介についていかないと、って心に決めました。

もうひとつが、就職活動説明会の日の出来事。子どもの頃から漫画家になりたいと思いながらも、気付いたらあっという間に4年生。いよいよ就職活動の時期がやってきたわけです。そんなある日、大学の教室でついに就職活動説明会がはじまるってときに、「先生の都合で説明会が5分遅れます」というアナウンスがあったんです。それを聞いた瞬間、突然「このままだと漫画家になれないぞ!」と思って教室を飛び出して、すぐに家で描き始めた漫画が、結局、デビュー作になったんです。ドラマみたいじゃないですか? だから、もしあの日、先生が5分遅れなかったら、僕は漫画家じゃなくて、今頃、どこかの会社で働いていたかもしれませんね。

※中村佑介さん:ロックバンドASIAN KUNG-FU GENERATIONのCDジャケットなどを手がけるイラストレーター。石黒さんとは同級生。

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芸大で学んだことが、作品を支えている

僕が芸大で過ごした時間をひとことで表すなら、“ファンタジー”ですね。授業が終わってから友だちの家に行って鍋をつついたり、昼に起きて部屋で漫画を読んで過ごしたり、友だちとくだらない話を何時間もしたり……。高校を卒業して二十歳ぐらいまでの、人生で一番“アホ”な時期を自由気ままに過ごして、毎日がとにかく楽しい。まさにファンタジーでした。でも、そんな生活でしたけど、芸大で勉強したことが実は今、すごく役に立ってるんです。それは、この世のあらゆるものにはデザインがあるということ。イスから、机、ジュースの缶、お店の看板……。すべてのものの形には意味や意図があることを教えてもらいました。漫画に出てくるお菓子や看板は、実在するものをベースにして描く作家が多いのですが、僕は芸大でデザインを教えてもらったので、作品に登場する小物は、全部、勉強したことに基づいてオリジナルで描いているんです。

ファンタジーみたいな時間も、勉強したことも、佑介との出会いも、“あの日の5分”も、僕が漫画家になるには欠かせなかった時間。だから、僕にとって芸大は絶対に忘れられない場所なんです。

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