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今だから、明日のアートへ【塩田千春】 今だから、明日のアートへ【塩田千春】

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2021/10/25

SNSの登場によって、美術館の撮影OKや、SNSを基盤とするアートキュレーターの登場、あらたなアートファン層によるアートのファッション化・インテリア化など、世界中でアートを取り巻く状況が大きく変化してきた。とくに若い層において、アートとの距離が近くなり、アートとの関係性が変化し、様々な新潮流を生み出している。O Plusは、今だから、大きな変化を見せる美術界を俯瞰してみようと思う。美術の価値観はどう変化しているのか、誰がそれをリードしているのか、アーティストと愛好家に芽生えてきた関係とは? トップを走りながらその関係性を模索するアーティストや、自らSNSの活用をはじめたアーティスト、新しいアートキュレーションの現況を語るコレクターらを訪ね、彼らの話を聞いていくと、これからの人とアートの関係が見えてきた。


Photo: Maciej Kucia

Text:Yoshio Suzuki

人はどこから来て、どこへ行くのか
船は記憶を乗せ、ゆっくりと進む

青森県には訪れるべき人気の美術館がいくつかある。その一つ、十和田市現代美術館。他県や東京、関西方面からの客が多くやってくる。美術館を中心とし、屋外空間にもアート作品を配置する町づくりをしていること、国際的にも高く評価される建築家、西沢立衛が建物を手掛けていること、そして、常設作品にはコミッションワークによる優れた作品を揃えているからである。


そんな常設の作品に塩田千春の新作が加わった。塩田は大阪生まれ。ベルリンを拠点として活動している。2019年、東京の森美術館での展覧会「塩田千春展 : 魂がふるえる」は大きな話題を呼び、結果、66万人の観客を動員し、大ヒット展となった。


今回、十和田の新作「水の記憶」は部屋の中央に木造の小さな船が置かれ、この空間そのものを繋ぎとめるかのように、複雑に編み込まれた赤い糸が空間を埋め尽くす。


船はかつて、下北半島で漁に使っていたものとのことだが、それが十和田湖近くのみやげ物店のディスプレイと展示台となっていた。そして今、塩田の作品に組み込まれている。船に歴史あり。


「船は人や荷物を運ぶだけでなく、その時間も運んでいるんですね。生活や文化の交流のための役割を果たします。そして必ず前に進むものです。どこか遠いところに向かっていく感じで」


塩田は作品制作を通じて、人間の根源的なテーマである「生きることと死ぬこと」「我々はどこから来てどこへ行くのか」を模索し続けている。土地や物に宿る記憶という、目には見えない不確かであいまいなものを追い求め、それを表現の素材としている。


2015年に開催された第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館代表に選出された塩田は展示室に古い船を置き、その展示のためにあらゆるところから使い古しの鍵を集めて天井から赤い糸に結んで吊るした。鍵というものはそれで扉を開く。場が変わる。日常ではそれが繰り返される。そんな日常が積み重なり、まるでゆっくりと船で進んでいくように人生は過ぎていく。糸が赤いのはその色が生命を端的に表すからだ。


「時がゆっくり進むのを船の進行になぞらえるその一方で、船は水の上に浮かんでいて、ひっくりかえったら乗っている者たちは死んでしまうという、いつも死を隣に感じさせるモチーフでもあるのです。私の両親は高知県出身で私が小学生の頃、毎年夏になるとお盆の時期に大阪南港からフェリーに乗って里帰りしました。一晩寝て起きるとそこは高知港で、まるで異国についたような気分になります。波の荒いときはとても揺れるし、夜の海は真っ暗で、まるで宇宙の中に船がぽつんとあるような」


そういう体験があり、作品がつくられ、美術館に人が集まる。観客らは体験や感動をスマホからネットに送り、伝達や共有を行いたくなる。合計66万人もの人が足を運ぶ展覧会にはそんな背景があった。


「森美術館のときは自撮りをしてSNSに上げる人が目立ったのですが、リピーターの方が多かったそうです。すでに観た展覧会をもう一度観て、調べてみようと思ってくれることがすごく嬉しかったですね。私自身、作品をつくっていると、自分がどうしようもないところに落ちていくというか、闇の中にスーっと入っていく時があって、それは苦しいのですが、でもあれだけ多くの人が見に来てくれたということは、その闇の世界というのも人間なら共通して持っていたりする部分だったのかと思うんです。その世界を共有したいというか、何かわかりあえるところがあったのかなとわかったとき、私のほうが救われました」


今年の春、ベルリンのケーニッヒギャラリーの個展は、まさにロックダウンと重なり、誰も入れなかった。


「ギャラリーの人の一言が『残念だったね』でした。つくったのに開けられない、観せられない展覧会になってしまって。それが私はすごく嫌で、ベルリンに住む音楽家や小説家、演出家に連絡を取り、それぞれにイベントをしてもらって毎週土曜日にSNSで発信したんです。サシャ・ヴァルツに踊ってもらったり、多和田葉子さんに詩を読んでいただいたり。残念な展覧会にしたくない一心で。最終的にはロックダウンだけど、良かったねというところまで持って行きたかったんです」


災い転じて、福となす、SNSを活用しての例である。


十和田市現代美術館

青森県十和田市西二番町10-9 Tel 0176-20-1127

開館時間:9:00‒17:00(最終入館16:30)

休館日:月曜日(月曜日が祝日の場合は、その翌日)、年末年始

●塩田千春(しおた ちはる)

1972年、大阪府生まれ。ベルリンを拠点に活動。生と死という人間の根源的な問題に向き合い、“生きることとは何か”、“存在とは何か”を探求しつつ、その場所やものに宿る記憶といった不在の中の存在を糸で紡ぐ大規模なインスタレーションを中心に、立体、写真、映像など多様な手法を用いた作品を制作。2008年、芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2015年には、第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館代表に選ばれる。2019年、森美術館にて過去最大規模の個展「魂がふるえる」を開催。また、南オーストラリア美術館(2018年)、ヨークシャー彫刻公園(2018年)、高知県立美術館(2013年)、国立国際美術館(2008年)を含む世界各地の個展のほか、国際展などのグループ展にも多数参加。