卒業生インタビュー 南雅彦 (映像学科卒)

創作意欲も、好奇心も、すべて
〝大阪芸大的〟に満たせた毎日だった

プロフィール南雅彦(みなみ・まさひこ)
1984年映像計画(現・映像)学科卒業後、アニメ制作会社サンライズに入社。1998年、ボンズを設立。『鋼の錬金術師』『僕のヒーローアカデミア』など人気原作のアニメ化のほか、『エウレカセブン』シリーズなどのオリジナルアニメも手がける。

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©2018「僕のヒーローアカデミアTHE MOVIE」製作委員会
©堀越耕平/集英社

『僕のヒーローアカデミア』など人気コミック原作のアニメを手がけるほか、オリジナル作品はNetflixを通じて190か国以上に配信されるなど、世界的な注目を集めるアニメ制作会社ボンズ。同社を率いる南雅彦さんにとって、芸大は「混沌」とした刺激に満ちた場所でした。

刺激的だった芸大での日々

僕はもともとデザインとか絵が好きなんだけど、若い頃に映画館でアルバイトするほど映画も好きだった。だから映像を学びたくて大阪芸大に入りました。

当時から芸大には素晴らしい先生方がたくさんいて、とくに覚えているのは黒澤明監督の『羅生門』などのカメラマンとして活躍された宮川一夫先生の授業。撮影中の映画の話をしてくださるので、作品が公開されたら観に行くこともありましたし、現場がどれほど緊張感にあふれているかなど、実践的な話もよくしてくださいました。一方で学生は変なやつばっかり! 一年中ストップモーションをつくってる人とか、寮の壁を勝手に真っ赤に塗ってるのとか、とにかく芸大での毎日は刺激的でしたね。

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大阪芸大には“混沌”という言葉が似合う

当時、僕は大学のすぐそばの学生寮に住んでいたんだけれど、本当にいろんな学生がいて、「あいつの友だちの友だちの、あの学科のやつと一緒に飲む」みたいなことがしょっちゅう。とにかく学科を越えてたくさんの人と遊びました。そんなふうに、大阪芸大はいろんな学科がひとつの場所にあるのがいいんですよ。当時の芸大はまさに“混沌”という言葉がぴったりの場所で、その空気は今もきっと変わらないと思う。

当時はお金もなかったけど、好奇心を満たしてくれるモノは、ほとんどが“タダ”だったのも、“大阪芸大的”でしたね。本が読みたいと言えば、文学部の友だちが国内外の文学全集をすぐに貸してくれたし、舞台が観たければ、演劇部に行けばどこかしらで公演しているし。芸大を受験するときは学科選びに迷う高校生も多いと思うけれど、僕が通った映像計画(現・映像)学科にとっては便利で、役者をやりたいやつも美術をやりたいやつも、音楽をやりたいやつも揃っていて、作品づくりがしやすい環境でした。僕が今、仕事にしているアニメーションも同じで、大阪芸大的というか、いろんな人が集まってつくりあげるものなんです。

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芸大は自分に枝葉をつけてくれる場所

僕は卒業後、サンライズという映像制作会社に入社して、アニメーションの世界に入ったんだけど、それには芸大で実写を勉強したことも影響しているんです。今はCGを組み合わせれば、実写でもいろんなことができるけれど、当時の実写は制約があった。だからこそ、アニメーションの自由さに惹かれて、この世界に入ったんです。

でも実写とアニメがまるで違うかというと、そうでもなくて、芸大で経験したことがすごく役に立った。実写はカチンコ※の合図で、役者、カメラマン、照明、音声と、すべてが動きはじめて、緊張感のなかで映像を撮っていくけれど、アニメーションは分業。監督、声優、背景を描く人、色を決める人、スケジュールを管理する人など、それぞれ仕事をする場所も時間も違うことも珍しくない。でも、ひとつの作品を完成させるには、その全ての工程をあわせないといけない。サンライズに入ったばかりの頃はどうやってアニメーションをつくるのか全然知らなかったけれど、僕が入社後に担当した制作進行という仕事はカチンコの役割なんだとイメージできて、仕事に慣れていくことができました。そして何より、ものづくりの楽しさや苦労を芸大で経験できたことは今に生きていますね。

今、芸大に行きたいと考えている人は、興味をもっていること、やりたいことがあるはず。高校生までの自分を“幹”に例えるとしたら、芸大は枝葉をつけてくれる場所。芸大での4年間に思う存分、枝葉を伸ばして、自分の好きな道に進んでくれることを願っています。

※撮影現場で撮影開始の合図として使われる道具。

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