学生作品が「うみぞら映画祭」へ!清川あさみ先生の特別講義から発展 学生作品が「うみぞら映画祭」へ!清川あさみ先生の特別講義から発展
2026年1月23日、美術学科の客員教授・清川あさみ先生の特別講義が行われ、AI(人工知能)の研究者・小川和也氏をゲストに招き、学生たちにアーティストとしてAI時代を生きるための、貴重なヒントが与えられました。講義中、清川先生から学生たちに課せられた課題が「何もない風景から何を考えるかの練習」です。そこで選抜された作品が4月25日、淡路島で開催された「うみぞら映画祭」の海上巨大スクリーンに映し出され、自然環境そのものをキャンバスとした新しい形のアートを、たくさんの観客が体感しました。
アーティストの仕事がAIに奪われる!?
映像・パブリックアート・空間インスタレーションなどにも表現領域を広げながら、アートの第一線で活躍し続ける清川先生でも、「AIに私たちの仕事が奪われてしまうのではないか」と思うほど、AIの急速な進化に危機感を感じていると言います。
ChatGPTなどをはじめとする生成AIは、人間に代わって画像や文章、音楽などを自動で生成することができ、SNSなどでも、生成AIで制作されたイラストや風景写真を目にすることがあります。小川氏は、AIがますます発展していく時代に、アーティストとしてどのようにAIと向き合えばいいのかを学生たちにアドバイスしました。
ChatGPTなどの生成AIが普及したことにより、AIブームが訪れているように感じられる昨今ですが、小川氏によるとAIの研究は意外にも長く、1960年代から続いていると言います。
「“人間の脳を模したコンピューターを作ろう”ということで、AIの研究が始まりました。AIが得意とするのは“知能”と呼ばれる領域です。つまり問いに対する正解をすばやく、間違いなく出すことができ、しかも学習させることによってどんどん賢くなっていきます」
一方、”課題を設定する能力”は今のところ人間にしかなく、「何もないところから手がかりを探したり、他の人が気づいていないことを発見したりするのも、今のところは人間にしかできません」と続けました。小川氏はこれらの感覚を研ぎ澄ますには、人と直接会って、何かを感じることが大切で、これが個性や自分らしさを磨くことにもつながると説明。「これからの時代は、ますますAIで作った作品が一般的になっていきます。その中で、“この作品は〇〇さんが作った”という個性がセットになった作品は、非常に魅力的だと評価されるようになります」と小川氏。「皆さんにはぜひたくさんの人に会って、たくさん遊んでほしい」と話しました。
さらに、アーティストやアーティストをめざす学生に対し、“知性”の領域を磨くことの大切さを話しました。知性について、「身体と結びついたその人ならではの感性で、答えなき世界を求めていく能力」と説明した小川氏。まさに芸術とは知性から生み出されるものであり、「アートを作り出す4つの知性」のレベルアップを学生たちに提案しました。
ステップ1は「観察の知性」。普段見慣れている海や山などの景色を、“見慣れたもの”ではなく、初めて見るかのように、解像度を上げて観察します。
ステップ2は「概念化・構成の知性」。見えたものを頭の中で整理して、作品として成立させます。作品作りのためにメモをとったり、ラフスケッチを描いたりすることも、この知性に含まれます。
ステップ3は「共感と内省の知性」。個人的な体験を、誰もが共感できる普遍的なテーマへ昇華させるにはどうすれば良いかを考えます。小川氏によると、現生人類であるホモサピエンスは、“他者への共感・愛情・協調”という、他の種にはない感覚が備わっていたために、生き残ることができたと言います。
ステップ4は「身体的知性」。思考や感情を、物理的な素材を通して現実世界に出力します。大学で技術を学ぶこともこの知性に含まれます。
「中でもステップ2が優れている作品が感動を与えることは、AIの専門家から見て間違いありません」と小川氏。その心強いアドバイスに、学生たちは励まされていました。
続いて、清川先生がAIにまつわる疑問を投げかけ、それに小川氏が回答する対談の時間が設けられました。
「AIの感情は人間に追いついているか」という問いには、「感情学習はしているが、ホモサピエンスとしての感情は持っていないのがややこしい」と回答。また「AIは冷たいとか痛いなどの身体的な感覚を手に入れることはできるのか」という問いには、「それはできる。体温等のフィジカルを計測するロボットが1家に1ロボット存在する時代が、近い将来に来ると思う」と答えました。
さらに「美術学生が今後AIと向き合うときに最初に意識すべきことは」という問いには、「AIを敵と思ったり、“食わず嫌い”したりせず、まずは知ることが大事」と小川氏。これに対し「ビジネスで成功している人はAIとうまく付き合っている」と清川先生が深く共感しました。
「私がAIと共生していくことを考えた際、“脳で遊んだり、空想したりすること”が、人間の一番の才能なのかなと感じました。これらをひっくるめてアウトプットした作品は、本当に勝つしかないと思います」と、アーティストとしてAI時代を生きるための、貴重なヒントが語られました。
今回の特別講義では、ワークショプ形式で学生たちに課題も課せられました。それは、青空または夕暮れ時の海の風景から好きな方を選び、それをベースに、自分だけの世界観を盛り込んだ作品を作り上げていくというものです。
清川先生は「何もない風景から何を考えるかの練習をできればと思いました。4月24日から26日に、私の故郷である淡路島で開催されるうみぞら映画祭の中で、皆さんの作品の中から何点かを紹介したいと考えています」と説明。
うみぞら映画祭は、海の上の巨大スクリーンに映画を上映するという、世界的にもめずらしい映画祭で、「AIと真逆に見える自然だからこそ、AIとの付き合い方を考える場所として、適しているのではないかなと思って」と清川先生。小川氏も「先ほど話した4つの知性の実践にもなります」と言葉を足しました。
学生には、選ばれた作品は映画の上映前に、海の上の巨大スクリーンに映し出されることが伝えられました。風景が印刷された紙の上にラフスケッチを描く時間が設けられ、学生たちは真剣な表情で取り組みました。その後幾つかの作品が先生から紹介され、「こちらがまったく想像していなかった世界観が描かれている」と、清川先生と小川氏は感嘆の声を上げました。
「うみぞら映画祭」の巨大スクリーンで5名の作品が披露
上映された学生の作品
上映作品には、美術学科の池田宙嶺さん、平井伯さん、福本晃大さん、古橋咲季さん、松本悠子さんの5人の作品が選ばれました。上映当日の4月25日は、清川先生のワークショップも開催され、池田さん、平井さん、松本さんの3人がお手伝いを兼ねて会場に集まりました。
一般の方から参加者を募った「淡路島の“みえない色”を描く」と題したワークショップでは、まずウォーミングアップとして「香りのワーク」に挑戦することに。清川先生が用意した“淡路島を思わせる”アロマの中から好きなものを選び、それを線や色、形にして自由に表現しました。
続く「海と空の間に、見えないものを描くワーク」では、学生たちの作品とまったく同じ海の風景をプリントしたキャンバスが用意され、実際に淡路島の海を目の前にした時のにおいや気持ち、記憶などを思い思いに描きました。
今回のワークショップは親子での参加が多く、清川先生は絵の具やクレヨン、色鉛筆などの色材のほか、ビーズやスパンコール、毛糸などのカラフルなデコレーションパーツも種類豊富に用意していました。学生たちはスタッフとして清川先生のサポートをしながら、参加者とコミュニケーションをとったり、「銀色の折り紙を細かくちぎって貼り付けるとキラキラするよ」など、子どもたちにアドバイスをしたりしました。
参加者たちとのやりとりを通して、「子どもたちの、素直に描きたいものを見つけ出している姿が印象に残りました」と池田さん。また平井さんも、夢中になって制作に取り組む子どもたちの姿を見て「もっと純粋に描いてもいいんだなと、改めて感じました」と話しました。
すると、学生たちから清川先生へ「もう一枚描きたい」という声が。急遽、学生たちも参加者に混じり、キャンバスの中にもう一つの世界観を作り上げていきました。
巨大スクリーンに映し出された作品に惜しみない拍手が
学生たちの作品は、ワークショップの参加者の作品とともに、「うみそら映画祭10周年企画ムービー」として、映画が上映される直前に観客に披露されました。実際に、海の上の巨大スクリーンに映し出された作品を鑑賞すると、“海と空の一部をくり抜いた中に、作品を当てはめた”ような感覚で、清川先生も「結果として、作品を“観る“だけでなく、風景の中で感覚が再編成される“体験”に近づいたのではないでしょうか」と感想を述べました。
観客席から惜しみない拍手が巻き起こった後は、壮大な打ち上げ花火が海と夜空を染め、会場のボルテージは最高潮に。学生たちは「続く映画も鑑賞します」と、アートも映画祭も満喫できた、充実の一日となりました。
AIの話は本当につきなくて、今回は「アーティストをめざす大学生」が対象ということで、話を組み立ててきました。今の大学生が働き盛りになる20年くらい先の未来は、「AIはまったく使っていません」という現場はほとんどなくなっていることでしょう。このように移り行く時代に合わせて、考え方や行動を変えていくことができるよう、ノアの箱舟を差し出す感覚で話をしています。
また、昨今はAIに熱狂して、似たようなデザインがばらまかれているような状態ですが、何年かすればAIの存在が当たり前になって、個性的な作品が注目される日が必ず戻ってきます。ぜひ皆さんには今のうちにカウンターをとるかのように、「アートを作り出す4つの知性」を磨いていただけたらと思います。AIの研究者である私自身としては、「人間の仕事を奪うようなAIを作ることが本当に社会のためになるのだろうか」と、日々自問自答しており、今後は人間の創作を手伝う補助的なAIの開発なども手がけていきたいと思っています。
普段、制作している銅版は、版を手作業で作ることが多いので、制作の場でのAIは遠い存在にあると言えます。一方、AIを使ったイラストなどが流れてくるスマホの中では、AIは身近な存在です。制作側にいる自分にとってはどうしても、「自分にとって制作とは何だろう、オリジナリティとは何だろう」と考えさせられるものとなっていました。今回の講義で特に印象的だったのは、小川氏の「AIは敵ではない」という話です。その話を聞いて自分にとってAIは、やはり制作に生かすというのが、近いかもしれないと感じました。たとえばデジタルからアナログに移すみたいなことがありますが、版画という方法からデジタルに向かっていくような…。つまり描いてからAIのテクノロジーを受け取るのではなく、自分からAIに対してアンサーを求めていくような、そんな使い方をしてみたいと思いました。今回の課題では、青空の海の風景を選んで、島の絵を描き足しました。人工物のない海の風景はすごく落ち着くのですが、同時に自然には災害などを引き起こす怖さが潜んでいます。そこで、自分のアイデンティティともいえるイラストをぽんっと持っていくことで、御守りのような安心感を覚えて、歩み寄れるのではないかと思いました。
課題の素材として配布された海の写真を見て頭に浮かんだのは、高校時代に2時間の遠泳を経験した時のことです。海は前に障害物がないので、前に進もうとすればいくらでも進めるのですが、やはり命への責任が足を引っ張るために、前に進むのをためらう気持ちが出てきます。写真だと、海と空の間にある横方向の境界線しか見えませんが、海と自分を隔てる縦方向の境界線もあると思いました。そこで、どこへでも行きたい気持ちが前に出ているけれど、地面から離れずに立っている足、しかも、どこへでも行き来できる鳥の足を描くことにしました。
制作にあたっては、背景が白紙ではなく、初めから海と空の色があるので、それをどう生かすかを考えることからスタートしました。周りの学生たちの作品もとても面白かったので、私の作品は何が他の人と違うのだろうかと考えました。強いて言うなら、画面全体を使ったところかなと思います。実際に海の上のスクリーンで自分の作品が映し出された時は、ついに海を額にできたか…と、感慨深かったです。今回の制作で、海を額にしてもいいんだという感覚を体験することができたので、今後もさまざまな地球上の自然たちを生かした作品を作っていきたいです。