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Interview

夢中な人を羽ばたかせたい。
コピーを作ろうとしない先生たちと
出会う場へ。
夢中な人を
羽ばたかせたい。
コピーを作ろうとしない
先生たちと出会う場へ。

工芸学科卒
坪倉優介
草木染作家。1970年大阪生まれ。*染織コース(専攻科)卒業後、京都の染工房に入社し奥田祐斎氏に師事。2001年草木染作家としてデビュー。大学一年生のときの交通事故による後遺症を克服し、染色家として独り立ちするまでを描いた『ぼくらはみんな生きている―18歳ですべての記憶を失くした青年の手記』はベストセラーになりドラマ化もされた(同書を改題した『記憶喪失になったぼくが見た世界』もある)。趣味はオフロードバイク。

夢中になれるものを見つけられるか?
そのことにどれだけ染まれるか?
夢中になれるものを
見つけられるか?
そのことにどれだけ
染まれるか?

自分に足りないものを埋めていく焦りと葛藤の日々だった

いま思うと充実の大学時代でしたが、当時は常に焦っていました。周りの友だちを見れば見るほど、自分に足りないものがどんどん見つかり、それを埋めたいという思いで過ごしていたんです。入学後最初の授業で、「この中で美術学校に通っていた人は?」と先生が問いかけたところ、教室にいたほぼ全員が手を挙げたのですが、僕はと言えば、子供の頃から絵を描くことが好きだったとはいえ、美術学校に通うどころか「デッサン」という言葉を知ったのも推薦入試の2~3週前です。試験のときは張りつめた独特の雰囲気やみんなが描く絵のリアルさに圧倒され、入学後も初めて体験することばかりでした。


「そんなことでよく芸術大学を受験したものだ」と思われるかもしれません。でも僕は、ふと出会った未知の世界に挑むことが好きなんです。大学進学の意志を固め、志望校を決めようとガイド本を見ていたとき、世の中に芸術大学というものがあるということを知り、ぜひ受験してみたいと思ったのがきっかけでした。高校の美術の授業で着物姿の人物や鎧武者を描いていたこともあり、「本を写すのではなく、自分の日本画として描いてみたらどうなるのだろう?」「着物ってどうやってできてるんだろう?」という興味も湧いてきました。


授業には息をするのも忘れるくらい緊張しながら臨んでいましたが、見るもの聞くもののすべてが新鮮で、みんなで食堂に行っておしゃべりするといった大学生ならではの息抜きもあり、新入生を迎える五月祭という学内イベントも楽しんでいました。そんなある日、僕は課題を徹夜で仕上げ、染色実習に遅刻しないようにスクーターで通学し、講義には間に合ったものの、大学からの帰りに交通事故に遭い、それまでの記憶を失ってしまいます。「息子があれだけ喜んで大学に行っていたのだから」という両親の思いや、みなさんの意志がつながることで復学できたのですが、書籍(※『ぼくらはみんな生きている』等)でも書いたように、その後は葛藤の日々が続きました。これから前に進もうとしていた矢先に、事故で人生が大きく後退してしまい、「美術ってなんだ?」と突き詰めて考えるどころか、その言葉の意味自体わからないところから再出発することになったのです。

生活のすべてが染色につながりその深さに気づく

しかし、後ろを振り向いてはいられませんでした。芸術の面白さにもう一度振り向かせようとするみんなの熱意を感じましたし、その思いを自分なりに受け止めながら大学生活に夢中になっていると、あっという間に4年が過ぎ去ってしまったという印象です。大学4年間の生活で草木染めの授業に出会い、草木で染める色に興味を持ち、その後専攻科に進みました。


色鉛筆で描いたり、絵の具で塗るといった作業とはまた違う、「染め」という技法を用いて制作することの面白さが、ものすごいスピードで自分に染みこんでいく学生時代でした。高校までは国語、数学、社会など個別の勉強として捉えていたものが、大学時代は身の回りのすべてを染色や色につなげて物事を考えるようになっていく自分に気づいたんです。卒業制作では墨流しの作品を作ったのですが、5人の同級生がそれを仕立てた着物で卒業式に出てくれたのがうれしかったです。


染色には自分の人生の中で完成しきれそうにないくらい深いものを感じています。同じ色に染まっているように見えても染め具合によってまるで違います。光の加減で白が透けてしまうような染め方では味気ないのですが、キチンと染まっていると光が通過した瞬間えも言われぬ色に輝きます。やり直しがきかないところや絵の具のように上から重ねて塗れないところも染めの面白さですし、自分の色を見つけていけるところも醍醐味です。染料によって色の走る早さや重さも異なりますから、仕上がりを計算しながら作業したり、新たな染料に出会って意外な発見があるのは楽しいです。

自分の“コピー”を作ろうとしない先生たち

大学に入って初めて染料を使う人が多いと思いますが、様々な色を発見し、染織の魅力に気づく人が一人でも増えてくれればうれしいですね。僕自身は人から「なんてことやってるんだ!?」と言われてしまうくらいの腕白な染めをやってみたいと思い続けています。だれも考えなかったような公式を自分で見つけたいんです。教科書に書いてあることを流れ作業的にこなすのではなく、自分なりにじっくり試行錯誤を重ねた上で、ひと息にエネルギーを費やす作り方は充実感があって好きです。


そう言えば大阪芸大で僕は、自分の“コピー”を作りたがる先生に会いませんでした。それぞれの考え方や豊富な経験はお持ちですが、「もっと進化したい」「もっと作りたい」という意欲をみずから持ち続けておられ、足踏みをしている学生がいたら、「そこから羽ばたかせたい」という熱意で向き合ってくれました。決して優しい先生というイメージではないのですが、いきなり谷底に突き落として「自力で這い上がれ!」といった導き方で、学生の冒険心をかき立ててくれる方々だと思います。


*染織コースに限らず、大学のいいところは、あらかじめ回答や公式を与えられるのではなく、「なんでだろう?」という好奇心を持って物事に接し、ときにはそれまでの常識が打ち破られるくらいの体験をしながら、その人だけの何かを見つけられる自由さにあると思うんです。与えられた染料や画材だけでやっているともったいない。自分で染める布を選んでもいいですし、さらに言うと綿から栽培して自作した生地を使ってもいいわけです。そうなると授業の範囲だけに到底おさまりませんよね?すべてのことが自分の表現につながります。芸術は「人と違う面白いものをどれだけ見つけられるか?」だと思うんです。


*現在は、テキスタイル・染織コース