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「音」を遊ぼう!【渋谷慶一郎】 「音」を遊ぼう!【渋谷慶一郎】

アートサイエンス学科, 音楽学科
2021/10/25

社会を変えはじめている、「音」に関わる新潮流に注目だ。

たとえば、劇場空間ではテクノロジーを駆使したアート表現と音楽が共鳴する。たとえば、音が都市環境を新しくするインスタレーションに人々が心を委ねる。メディアの音や音楽は、その作り方やビジネス的価値観が大きなうねりをあげ、AIの作曲家が誕生し、ゲームやSNSから生まれる音楽がヒットチャート席巻することも増えてきた。いま「音」が面白いのだ。聴覚のアート「音楽」の表現領域がどんどん変化し、驚くほど進化している。アートそのものをリードし、メディアやビジネスシーン、日常さえ変えはじめている。O Plus Vol.6では、その第一線の声を聞いた。


Photo: Ani Watanabe

Text: Takashi Watanabe

音楽表現の新しい潮流と可能性。
最新のテクノロジーと劇場空間が生む掛け算を楽しむ

観客の度肝を抜く、アートやテクノロジーとのコラボレーションによる音楽体験の創造。映画音楽では2020年9月に公開され現在も上映されている草彅剛主演『ミッドナイトスワン』で毎日映画コンクール音楽賞、日本映画批評家大賞映画音楽賞をダブル受賞。1000年以上の歴史をもつ僧侶の合唱音楽「声明(しょうみょう)」とエレクトロニクスを掛け合わせた未来の宗教音楽……。ジャンルを超え、それぞれにずば抜けた音楽性と先進性によって、世界中の音楽やアートファンから注目を浴び続けている渋谷慶一郎氏。音楽家という枠にはめるにはあまりにもボーダレスな活躍を見せる渋谷氏が、その活動の中心として、大切にし続けているものに劇場がある。


古代ギリシアから何千年も根本的に変わらぬ機能を持ち続けてきた劇場空間。そんな旧来の社会装置も、渋谷氏の手にかかれば新体験の創造地となる。12年の初演以来、世界中で上演される初音ミク主演によるボーカロイド・オペラ『THE END』、18年のアンドロイドによるオペラ『Scary Beauty』は、世界に衝撃を与えた。『Scary Beauty』は機械然としたボディをもつアンドロイドが人間のオーケストラを指揮し、かつ自ら歌い上げるという芸術とテクノロジーの地平を切り拓く歴史的作品となった。


「視覚メディアの影響力がWebメディアの進化によって激増したこの10年。もっと前から、特にサウンドインスタレーションを作ったときなどは感じていましたが、聴覚メディアの相対的な劣勢は一般的なものになっていった。最近ではポッドキャストなどで聴覚メディアの再評価は出てきていますが、それでも音楽は音楽だけでは生きていけないかもしれないと思います。今、大事なのは、歴史や象徴性といったものと音楽をどう対峙させるのかです。アンドロイドやボーカロイドといった最先端テクノロジーと、オペラや劇場などの旧来のシステムを強引に掛け合わせる方法、このような記号性の掛け合わせで起こる摩擦が、とんでもない表現のエネルギーを生む。ここ10年くらいはここに注力しています」。


『Scary Beauty』の進化形として発表が待ち望まれながら新型コロナウイルスの影響により延期となっていた『Super Angels』が、いよいよ公開の時を迎える。今回は新型のアンドロイド「オルタ3」(*1)が登場。加えてオペラ歌手、視覚障害や聴覚障害のある子どもたちも参加する合唱隊が出演し、映像投影も組み込む。映像を作るのは、エイフェックス・ツイン(*2)のPVを担当しているウィアードコアなど野心的な取り組みが満載の内容になりそうだ。


「オペラは典型的な西洋のもの。人間中心主義でエリート主義。それを日本人がそのままやってしまうと、真似事のように映ってしまう。杉本博司さん(*3)とプロジェクトでご一緒した時に言われたのが、日本人が西洋で闘っていくためには、西洋に対する“挑発”の精神が不可欠ということ。西洋音楽からは出てこない挑発的なコンセプトは、日本人がオペラをつくるうえで重要です。そうしたことで、西洋的オペラの固定観念から解放され自由な表現が可能になります」


『Super Angels』が『Scary Beauty』と大きく異なる点は、オルタ3以外に生身の歌い手が存在すること。『Scary Beauty』は「アンドロイドと人間のオーケストラ」という対置だったのに対し、『Super Angels』は「アンドロイドの歌手と人間の歌手」という対置が加わる。その制作過程において、渋谷氏は人間の声の情報量にあらためて驚かされたと話す。


「アンドロイド歌手が人間の歌手に対抗し、かつ調和を生み出すために、電子音楽家の今井慎太郎さんと共に声のバージョンアップ

に取り組んでいます。複数のボーカロイドを重ね、さらに人間の子どもの声もミックス。そのバランスがアンドロイドの体の向きや動きで常に移り変わるなど、これまでから劇的に進化しています。音色やエフェクトで音を変えるのではなく、声の重なりのバランス、そしてアンドロイドの動きと声の関係性を追求することで、人間の歌手に比肩するレベルに引き上げていく。劇場というアクチュアルな場所だからこそ実現できる、これまでにない音体験になるはずです」


今後、大阪芸術大学には、渋谷氏を中心に、アンドロイドと音楽の関係性を追求するラボが生まれる計画もある。音楽の可能性と面白

さは、渋谷氏を媒介にして、爆発的に広がっていくことを予見する。


*1 大阪大学の石黒浩教授と東京大学の池上高志教授らが中心となり、人間とのコミュニケーションを探るために開発された人工生命×アンドロイド。


*2 エレクトロニックミュージックの最高峰と称されるイギリスのミュージシャン。


*3 写真家、現代美術作家。写真や現代美術に限らず、古美術、彫刻、インスタレーション、演劇、建築、造園、伝統芸能など幅広い文化に精通する。


Q. 渋谷さんが影響を受けた表現者をあげてください


A. 中学の時に作品を聴いて衝撃を受けたのが、作曲家でピアニストの高橋悠治さん。作曲家として挑戦的な試みを続け、ピアノが抜群に上手いにもかかわらず、ある時期ピアノを捨てて大正琴だけの活動をするなど、都度、過去を捨てて前進する姿勢を尊敬しています。大学生の頃に一緒に演奏させていただいたりもしましたが、常に新しい場所、新しい自分で闘える戦闘力を付けなければいけないと考えるようになったのは、高橋さんの影響が大きいと思います。


高橋悠治氏とは─1960年に東京現代音楽祭でピアニストとしてデビュー。以降、ヨーロッパ、ニューヨーク、東京と拠点を移しながら作曲・演奏の両面で多彩な活動を展開。コンピュータによる作曲、執筆活動も高く評価されている。

●渋谷慶一郎(しぶや けいいちろう)

音楽家。東京藝術大学作曲科卒業。2002年に音楽レーベルATAKを設立。作品は先鋭的な電子音楽作品からピアノソロ、オペラ、映画音楽、サウンド・インスタレーションまで多岐にわたる。2012年に初音ミク主演による人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』、2018年にAIを搭載した人型アンドロイドがオーケストラを指揮しながら歌うアンドロイド・オペラ『Scary Beauty』を発表。国内外で公演を行う。2019年にはオーストリアで仏教音楽・声明とエレクトロ二クスによる新作『Heavy Requiem』を披露。2020年公開の映画『ミッドナイトスワン』の音楽を担当し、第75回毎日映画コンクール音楽賞、第30回日本映画批評家大賞、映画音楽賞受賞。2021年8月に新国立劇場で新作オペラ作品『Super Angels』を発表予定。


●アンドロイド「オルタ」

オルタは、「生命らしさ」とは何かを探求するために開発されたロボット。見た目は機械がむき出しだが、複雑な動きによって「生命らしさ」を表現している。でたらめに見えるその動きは、生物の神経回路をまねたプログラムによって刻々と変化する。日本科学未来館に展示中で、じっと観察するうちに現れる「生命らしい」瞬間を探すことが可能だ。

撮影場所:日本科学未来館(東京・お台場)