2024年11月22日、芸術計画学科の授業にて、大阪芸術大学映像計画学科(現・映像学科)卒業生で株式会社バンダイナムコスタジオのスーパーバイザーの坂上陽三さんの特別講義が行われました。講義では「プロデューサー思考について」をテーマに、「アイマス」の略称で知られる大ヒットゲーム『THE IDOLM @STER』(以下『アイドルマスター』)シリーズのプロデューサーを長年担当した坂上さんが、その仕事内容についてお話してくださいました。
坂上陽三さんがプロデュースした『アイドルマスター』シリーズは、2005年に1作目が発表されました。同シリーズはプレイヤーが新米プロデューサーになってアイドルを育成するというゲーム内容が注目を集めたほか、ネットを通じて全国のプレイヤーとランキングを競ったり、大規模なコンサートイベントが開かれたりするなど、さまざまな展開が繰り広げられてビッグコンテンツになりました。
まさにゲーム業界で知らない人はいない坂上さんですが、講義ではまず「学生時代は漫画家や映画監督の道を志していたんです」と振り返ってくださいました。大阪芸大卒業後は映像会社へ入社。報道を担当し、ニュース番組への提供映像を撮りに行くなどされたそうで「『西成暴動』のような命の危険を感じる現場にも密着しました。あの体験は今でも心に残っています」と意外な経歴を振り返ってくださいました。
坂上さんはその後、ゲーム業界入りして『アイドルマスター』のプロデューサーに抜てきされます。そんなご自身の役割でもっとも意識しているのは「クオリティバランス」と明かす、坂上さん。「セールス担当には『作品としてここまでやらなければいけないから、これだけの時間と予算を用意してください』と交渉し、ゲーム制作の現場の方たちには『もう少し早く制作進行し、この完成度でお願いします』と話します。そうやって両者を話し合いながらクオリティバランスをとることがプロデューサーには必要なこと」と言います。
特にポイントとなるのが「商業作品(収益と品質)を生み出すための『目的』」、「プロジェクトの方向性を正しく選択し、推進していく『役割』」、「顧客満足度と収益の最大化をめざす『目標』」の3つ。ご自身が考えるこの3大原則に沿うことが、好セールスをあげながら、なおかつプレイヤーも楽しませることができるコンテンツ作りに結びつくのだそう。
そんな坂上さんは学生から「『アイドルマスター』でもっとも苦労したところは?」と質問され、「ゲーム制作はスケジュールが遅れることが多く、発売日の変更も起きやすい。でも遅れれば遅れるほど開発費も増え、宣伝方法も変わっていく。そこで大切するのが『何が必要で、何が要らないか』の判断力。登場キャラクター、ストーリー、歌を削ることもあります。辛い作業ですがそうしないと次に繋がりません。プロデューサーには、そういうこともやっていく姿勢が必要」と回答。いずれもなかなか知り得ないプロの現場のビジネスの話とあって、学生たちも熱心に講義を聞き込んでいました。
作り手の作家性・作品性があらわれた作品はもちろんすばらしいと考えています。しかし私は若い頃から、作家性よりも娯楽性が高いものが好きでした。たとえばスティーブン・スピルバーグ監督は、社会性のある作品なども幅広く手掛けていますが、いずれにも娯楽性が流れています。そして同じく娯楽性が強い超大作を多数制作するロバート・ゼメキス監督のことを肯定するコメントも目にしたことがあります。映画監督をめざしていた時期もあって憧れの存在だったのですが、私が23、24歳くらいのとき、スピルバーグ監督の代表作『ジョーズ』(1975年)を観て「こんなにおもしろいものをこの人は27歳で作り、全世界でヒットさせたのか」と圧倒され、「自分は27歳まで、あと数年。とてもじゃないけどたどり着けない」と感じました。加えて、その当時の日本映画業界に関してはビジネス的な旨みが自分には見えなかったこともあり、映画の道をあきらめました。そして「ビジネス的な発展などがかなりある」と考えたゲーム業界へ進み、後にプロデューサーとして『アイドルマスター』シリーズを発表しました。そんな私が学生の皆さんに言えることは、「手間暇をかけることが大事。近道は結局ないですよ」ということ。私は新人・若手社員と接する機会が多いのですが、みんな何かに焦っています。質問内容も、こちらの答えを引き出そうとする内容ばかり。「物事を早く先に進めたい」との気持ちも理解できます。なぜなら今は、若くして成功している人が多いですから。だからきっと焦っているんですよね。しかし、『ジョーズ』を鑑賞して「自分には無理だ」と打ちのめされた経験を持つ私だからこそ、「誰かの成功体験に影響を受けすぎるのも良くないよ」と言えるんです。たとえば今だったら、ユーチューバーやティックトッカーの方たちの存在が大きい。そういった人たちの中には、プロのクリエイターではない方もたくさんいる。どこか身近な存在だからこそ、嫉妬なども絡まって焦りに繋がるんだと思います。でもユーチューバーたちもきっと近道はしていません。企画をいろいろ考えているでしょうし、何よりあれだけの頻度で動画制作・投稿をしていますから。
現在は、ネットで検索すると答えがすぐに出てくる時代。だからこそ、答えの見つけ方がうまくない方が増えた印象です。そういったことを踏まえた上で学生の皆さんに伝えたいのは、以前から意識せずにやっている趣味はずっと続けた方がいいということ。漫画でも、ファッションでも、なんでもいい。自分の場合は映画や漫画でした。そうやって物事を積み上げることで身に付くものは、時代性。作品の中には、その時代を表す出来事や変化がきっと描かれています。コロナ禍に生まれた作品には、その時代にしかない要素がどこかにあるはず。そういうものを感覚的に掴んでおくと、ビジネスの場でも生かされます。私は少女漫画をよく読んでいたことが『アイドルマスター』シリーズを作るときに役に立ちました。ですからいろんな知識や経験を蓄えることに時間を費やし、近道をすることや答えをすぐ手に入れることはあまり考えずに、いろいろ動いてもらいたいです。