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芸術計画学科 / その他
2021/06/11

●杉山恒太郎(すぎやま こうたろう)1948年東京都生まれ。エグゼクティブクリエイティブディレクター。ライトパブリシティ代表取締役社長、大阪芸術大学芸術計画学科客員教授。代表作に、小学館『ピッカピカの一年生』、セブン-イレブン・ジャパン『セブン-イレブンいい気分』、三越伊勢丹ホールディングス『this is japan.』など。

vol.1 自分たちの住む都市がコミュニケーションツールに

都市におけるコミュニケーションデザインの成功例としては何と言っても、「I♥NY (アイ ラブ ニューヨーク)」のキャンペーンですね。


ベトナム戦争の後遺症で当時のニューヨークは荒れ果て、財政難に陥っていて、戦争終結の翌年1976年にはロバート・デ・ニーロ主演映画 『タクシードライバー』で描かれているような犯罪と麻薬の街と化し、観光客も激減。そこで起死回生を目的としたニューヨーク州による広告キャンペーンがはじまったのは1977年。のちに世界的に有名になるハートマークのロゴデザインもこのときに生まれました。


近年のアムステルダムの「I amsterdam」キャンペーン(「アイ  アム  ステルダム」と、一種のダジャレになっているキャッチコピーのもと、市民一人ひとりが観光大使であるという意識を促して大成功を収めたもの)や、「TU BATEGUES, BARCELONA BATEGA!」訳すと、「あなた(=市民)がドキドキすると、私(=バルセロナ)もドキドキする、ともに夢を実現しましょう!」と呼びかけて、世界中の話題を集めたバルセロナのキャンペーンも、ニューヨークの成功事例がアイデアのもとになっているんです。


市民が自分の街に自負と愛情を持てるよう、コミュニケーションをデザインしたプロジェクトを今は「シビック プライド」と呼び、欧州各都市では競って実施されています。

I amsterdam 2004年からスタートしたアムステルダムの都市プロモーション・キャンペーンのキャッチコピー「I amsterdam」の立体ロゴ。アムステルダム国立美術館の前に設置され、同キャンペーンの象徴になっている。 参考文献:読売広告社都市生活研究局『シビックプライド―都市のコミュニケーションをデザインする』(宣伝会議)

vol.2 トランプの手法から見る欧米と日本の広告の違い

トランプ旋風が激しく吹きまくり、世界中が慄然とし、戸惑っていますが、じつは言及していることは至極もっともな(真っ当ではないが)ことばかり。国だって個人だって基本は己ファースト、本音を吐けば保護主義に落ち着く。それを言っちゃお終いよってなもんで、21世紀的共生とかダイバーシティとか呟きながらグローバリズムを旨としてせっかく積み上げてきた利他的な(?)物語に、トランプはリアルなビジネスセンスを強引に持ち込もうとしています。ゆえに世界は悲鳴を上げているかのようです。 


僕が40年余り生業にしてきた広告クリエイティブというかコミュニケーションビジネスから見ていると、彼の手法はアメリカンなハードセル広告の典型。かつてアメリカでTVをつければどのチャンネルでもやっていた、中古車並べて仁王立ち、言いたいことをところ構わず吠えまくる、問答無用、即物即効型のアプローチです。 


そもそもこの欧米型広告は多民族国家型で、言語もカルチャーも超えて、人々が理解し合うのって容易なことではない、が前提の発想です。一方、日本型広告は、この国の極端な均一社会を背景に、人は大体同じようなことを考えているはずだし、理解し合えるものである、とかなり牧歌的な考え方が基本。広告賞を競う世界の舞台では、こうした日本の考え方の甘さが原因で大賞を逃すこともしばしば見られました。 


世界でこんな悔しい体験を味わったことを糧にして、僕は西洋的なアレゴリーやメタファー、アナロジーなどをちりばめて世界中どこでも通用する物語づくりを広告コミュニケーションの柱にすべく挑戦してきました。だから、今この瞬間のアンチ物語、没物語の世界的潮流は次に何を産もうとしているのか、興味津々、目が離せないのです。

vol.3 経営者たちが注目!ビジネスにデザインを

「経営とデザイン」。このところ、ずっと僕のテーマである。


翻って最近本屋を覗いてみるとその手の本がにわかに目立っているのに気づいている人もいるはずだ。2018年の5月に出版した我が拙著『アイデアの発見』(インプレス)の帯にも恣意的に、クリエイティブはビジネスをつくる、と記した。


2018年のビジネス書大賞の準大賞に輝いたのも『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)。私の後輩である山口周の力作のそこにも通底するのは、やはりビジネスとデザインの重要性を説いている点だ。この場合のデザインとは「クリエイティブ」と同義語だと考えてもらっていい。


世界はにわかに複雑化しIotによって情報のスピードが指数関数的に加速するなか、時代を読み且つ直感力のすぐれた経営者ならば、今こそ経営にアートがなぜ必要なのか、理解しているはず。現に欧米では今や経営の重要な新ポジションとして、CDO(チーフ・デザイン・オフィサー)を起用しはじめた。2019年はこんな話を機会ある度にみなさんと議論したく考えています。

vol.4 デジタル時代の隆盛に浮かべる感慨と焦燥

先日、2019年度の日本の広告費の発表があって、インターネット広告費が2兆円超え、長きにわたり圧倒的王者だったテレビメディア広告費を初めて抜き去った(欧米では既に3年前に逆転)。


予想していたこととはいえ日本のデジタルクリエーティブのリーダー的役割を黎明期に負わされていた僕にとっても隔世の感であり感慨でもあったニュースだった。そしてこの間といえばインターネットによって地球の隅々まで人々はつながり、デジタルビジネスは隆盛を極め、遂にはGAFA(ガーファ)と呼称される4社(Google、Apple、Facebook、Amazon)に瞬く間に世の中は席巻されてしまった様子を呈している。


この限定4社を表すエピソードとして、Googleは脳、Appleは性、Facebookは心、そしてAmazonは欲望、つまりひとりの人間にたとえれば人格を形成する核全てに刺激を受け、遂には彼らに絡め取られ下僕となっている、というおもしろ話がある。まるで目眩でも起こしそうなGAFAの勢いにヨーロッパが2019年、何と待った!を掛けたのだ。「我思う故に我あり」のデカルトを故郷に持つ人達は強い。プライバシーポリシーは筋金入りなのだ。


そこで生まれたのがGDPR法(ジェネラル・データ・プロテクション・レギュレーション)。そのなかの何項かに「人には忘れ去られる権利がある」というすてきな一文がある。この忘れ去られる権利ってコトバに、真に成熟したヨーロッパ文化を感じ入り再認識したい思いに駆られ、2019年の夏はベルリンで過ごすハメになった。